【新刊紹介】トイレの深刻な問題:ジャック・シム著『トイレは世界を救う』

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温水洗浄便座の普及で最高の「トイレ文化」に親しんでいる日本人は忘れがちだが、世界の3人に1人(約23億人)はトイレのない生活をしている。トイレの問題はとても深刻で、待ったなしの世界的な課題だ。

世界で最も問われることが多い質問。それは「トイレはどこですか」である。おおよそ人生の3年をトイレで過ごす、という計算もあり、「一生で最もお世話になる施設」だろう。

ところが、トイレのない生活を送っている人が多いので、排泄(はいせつ)物は処理されないまま放置され、川や地下水は汚染される。それらが原因で命を落とす5歳未満の子供は毎年52万5000人、つまり毎日1400人以上の世界の子供たちが亡くなっている。さらに、世界の女性の3人に1人が、安全なトイレ環境がないため、病気やレイプの危険にさらされているという。

こんなに重大な問題なのに、なかなか解決しないのはなぜか。「トイレには下品、汚い、といったイメージがつきまとい、多くの国や地域でタブー視されてきたからだ」と著者は説く。

シンガポールの社会起業家の著者は、トイレの重要性を訴え、2013年には国連の全会一致で「世界トイレの日」(11月19日)の制定に漕ぎつけた。活動を始めたのは、同国元首相ゴー・チョクトンの発言に触発されたからだ。その発言とは、「我が社会の成熟度は我々の公共トイレの清潔さと比例していると考えるべきだ」。

世界のトイレ事業が紹介されている。評判が悪かった中国のターニングポイントは2008年の北京五輪。もしトイレ整備ができなかったら、五輪の成功はなかった。習近平国家主席は、きれいなトイレなくして観光業は伸びないことに気づき、「トイレ革命」を推進している。

人口13億人のインドのトイレ不足は深刻だ。宗教上の理由から、家の中にトイレを作ることに抵抗がある人は多いからで、6億人が満足なトイレのない生活を強いられている。野外排泄がレイプ事件となることも少なくない。夫に頼んで一つ先の電車の駅まで送ってもらい、車中で用を足す女性もいるという。出たものは線路に落ちる。だから、駅周辺の異臭がすごい。

日本のトイレは世界で最高と絶賛されている。単に技術だけでなく、トイレを取り巻く文化、すなわち、次に使う人への気遣いや、清潔にして、丁寧に扱う気持ちが「日本の素晴らしいソフト・パワーなのだ」と著者はほめている。

PHP新書
発行日:2019年10月29日
184ページ
価格:880円(税抜き)
ISBN:978-4-569-84392-6

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