【書評】言葉の熱、蠢く街:『ルポ川崎』磯部涼著

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2015年に起きた中一殺害事件を機に、「恐ろしい街」のレッテルを貼られた川崎。果たしてそれは、本当の姿なのか。足しげく現地に通って話を聞き、目にしたこと、感じたことを綴ったルポルタージュは、巷間いわれる悪評とは異なる光を映し出している。

本書は、21世紀の日本を映し出すオーラルヒストリーだ。

東京駅から電車で15分余り。「川崎」の名前を知らない人は、多くはないだろう。
しかし人口150万人に迫ろうというこの大都市のリアルな姿となると、どうだろうか。

たとえば2015年2月に、中学一年の男子生徒が多摩川の河川敷で殺害された事件。
その凄惨な手口や、加害者が被害者と大して年の違わない少年3人だったことなどから、新聞やテレビでは、連日センセーショナルな報道が続いた。

事件から1年が経った頃、川崎の若者たちはしゃぶしゃぶをつつきながらこう笑う。
「もはや、懐かしいな」
「ああいう事件も川崎ではよく起こるから」
「前に記者の人が『こんなに事件を楽しんでる地域は初めてだ』って言ってた」

なんなんだ、この場所は――。

そんな印象から始まるこの『ルポ川崎』には、ディープで、熱くて、時に息苦しくなるほどの言葉が詰め込まれている。読みごたえ十分、そして生々しさたっぷりだ。

ホームタウン川崎に寄せる熱

著者は1978年生まれの音楽ライター。
当初は“不良版「現代の肖像」”を書こうと思ったものの、「川崎中一殺害事件をはじめとして、陰惨かつ、現在の日本が抱える問題を象徴していると思える事件が立て続けに起こったから」、取材場所を川崎に絞ることにしたという。

登場するのは、95年に川崎市川崎区でラッパーを中心に結成されたグループ「BAD HOP」のメンバーをはじめとしたミュージシャンやプロのスケートボーダー、レイヴ・パーティの主催者、元不良少女たち、地元のコミュニティセンターの職員など多種多様だ。

友達の親に日本刀を持って追いかけられたとか、初めて死体を見たのが小学生の時とか、1歳で飲み過ぎて身体を壊したとか、10代からムショとシャバを行き来しながら生きているとか、“世間”に慣れた身からするとぶっ飛んだエピソードも数多く出てくるが、それぞれの根っこにあるのは、川崎に寄せる熱だ。

「川崎のこのひどい環境から抜け出す手段は、これまで、ヤクザになるか、職人になるか、捕まるかしかなかった。そこにもうひとつ、ラッパーになるっていう選択肢を作れたかな」

幼少時代からやんちゃで目立ち、中学生から暴力団と繋がり三年生の時には逮捕されたという、川崎の典型的な不良少年だったBAD HOPのリーダーT-Pablowはそう言う。

章が変わり新たな人物が出てくるたびに、次はどんな人生が語られるのかと心躍るのは、著者が構築した信頼関係とすぐれたインタビュー術によって、飾らない言葉とともに誰もが未来を語っているからだろう。

「オレたちが今やってるのって、結局、新しい故郷を自分たちの手で作る作業なのかなって」
「もし、オレが死んだら、音楽を聴いてほしい。そこには、オレの世界が表現されてるから」
「もう後悔したくないんですよ」

年齢も国籍も性別も関係ない。過去にどれほど暗く、眉をひそめるような話があっても明るく笑い飛ばす姿からは、プライドや愛、帰属意識といったありふれた言葉ではくくれない強さが伝わってくる。

写真が切り取るリアリティ

本書のもうひとつの魅力は、写真にある。
インタビューで語られる言葉が歌詞だとすると、挟み込まれるカラー写真がリズムとなって、ストーリーを加速させていく。

工業地帯を映した表紙写真の、何とも言えない殺伐感。
錆の浮いたトタン、打ち捨てられた車。
刺青に彩られたミュージシャンたちの眼差し。
民族衣装をまとってはにかむ少女たち。

これが日本の、東京からほど近い大都市の21世紀の風景?本当に?

暴力や民族差別、多様性、シングルペアレント、覚せい剤、暴力団……。
確かに川崎には、現代日本の負の側面と捉えられがちな問題が山積している。
そこだけ切り取れば、足を踏み入れるのも恐ろしくなる街だ。

だがそこに暮らす人々の息吹は、メディアを飾るセンセーショナルな見出しからは伝わってこない。
「こんな世界があるのか」と驚きながら本書を読み、写真を眺めていると、川崎は、ざらりとした感触とともにリアリティのある存在として立ち現れてくる。

街が人を作り、人が街を作る

つくづく、街は生き物だと感じる。

川崎があったから彼らが育ち、彼らがいるから今の川崎がある。
街はただの器ではないし、人は街と無関係ではいられない。

著者はあとがきにこう記している。
「本書はあくまでも“磯部涼の(見た)『川崎』であり、もしくは、『川崎』には無数のヴァージョンが存在し得るはずだ」

その言葉通り、異なる人が川崎を訪れれば、別の人物に出会い違った話を聞くことだろう。
だからこそ、オーラルヒストリーはおもしろい。
そして、どれほど無茶苦茶なことでも包み込んでしまう川崎の特異性が、そのおもしろさを際立たせている。

21世紀がはじまって20年弱。今この瞬間に川崎という街が放っている光は、どう変わっていくのか。または変わらないのか――。
何年かしたら、読み返したい本だ。

ルポ川崎

磯部 涼(著)
発行:サイゾー
B6版:305ページ
価格:1760円
発行日:2017年12月26日
ISBN:978-4-86625-090-8

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