【書評】「琥珀色の目」をしたテロリスト:F・フォーサイス著『キル・リスト』

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ビン・ラディンを殺害したものの、それでイスラム過激派によるテロが沈静化することはなかった。なかでも、イスラム信徒の若者を、ネットの動画を通じて無差別殺人に駆り立てる「説教師」の存在が脅威となっていた。身元も所在も不明なこの男を、いかにして突き止め、とどめを刺すか。米大統領直轄の秘密組織に所属する海兵隊中佐・暗号名「追跡者」に、密命が下る。

 2020年1月3日、イラクの首都バグダッドで、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官らが、米軍の無人機による攻撃で殺害された。近年、無人機による軍事施設の爆撃や要人の暗殺が増えている。これがハイテク時代の戦争の、ひとつの特徴であろう。
 しかし、味方に犠牲者がでないとはいえ、闇雲に攻撃するわけにはいかない。ターゲットとなる人物が、ある時間、ある場所に必ずいるというインテリジェンスが最も重要になる。そうした確かな情報を得るために、情報機関の存在は欠かせない。
 むろん、電波通信の傍受や軍事衛星による探査でも有力な情報は得られるが、敵もさるもの、監視されていることを察知して、巧みな偽装を施す。それゆえ、敵方の懐深く潜入した工作員の目と耳、つまりヒューミントが最後の拠り所となる。
 本作を読めば、人的な情報収集、ヒューミントの大切さがよく理解できるはずだ。

リストに掲載された危険人物

 著者のF・フォーサイスは、かつて『ジャッカルの日』の「日本語版に寄せて」のなかで、「狩る者」と「狩られる者」との物語が、「いつも人間の心をとらえる」普遍的なテーマであると書いている。
 本作も、彼が得意とする「マンハント(人狩り)」の物語であり、その面白さは抜群だ。けして読者の期待を裏切ることはない。

 それでは主要な登場人物を紹介しよう。
 今回の「狩る者」は、アメリカ海兵隊の中佐で、大統領直轄の秘密組織に所属するキット・カーソン、45歳。トラッカー(追跡者)の暗号名で呼ばれる主任テロリスト・ハンターである。彼は、大統領以下6人のみで作成する「キル・リスト」によって、すなわち暗殺すべき者としてリストに掲載された危険人物を、この世から抹殺すべく極秘裏に活動する。

「狩られる者」は、プリ―チャー(説教師)と呼ばれる氏名不詳の人物。狂信的なイスラム主義者で、ネットの動画を利用して過激な説教を行い、イスラム信徒に無差別殺人を呼びかける。
 この人物に感化され、自爆テロに走る若者が続出、アメリカで7人、イギリスで4人の市民が殺害された。それぞれの犯人の自宅のパソコンには、いずれも説教師の動画が残されていた。
 だが、説教師は、常に覆面で顔を隠しており、捜査当局には人物が特定できていない。

 2013年早春、この説教師があらたにキル・リストに加えられ、追跡者に指令が下る。内容は単純で、「説教師の身元を暴き、捜し出し、抹殺せよ」とだけある。指令書の下には、大統領の署名があった。

顔を隠し、携帯電話は使わない

 本作は、2013年に刊行された。
 2011年9月、米海兵隊特殊部隊がアルカイダの首領オサマ・ビン・ラディンの居所を突き止め、家族ともども殺害した。フォーサイスはこの事件に触発されて筆を執ったのだろう。舞台はそれから2年後に設定されている。

 ビン・ラディンが葬られた後も、イスラム過激派のテロの脅威は一向になくならなかった。その後も、アメリカやイギリスに居住し、一見、西欧社会に馴染んでいるかのようなイスラム系移民による、無差別テロが横行している。ローンウルフ型のテロである。これが本作の背景にある。

 それでは、物語の世界へ入っていく。
 2011年9月、アルカイダの幹部で、インターネットを使い過激な説教を行っていたアンワル・アウラキが、イエメンに潜伏中、米国の無人機のミサイル攻撃によって殺害された。
 このとき難を逃れたアウラキの弟子だった説教師は、後継者になった。

 アウラキは顔を晒して暗殺された。説教師は、その教訓に学び、けして顔を表に出すことはなく、居所も転々と変えている。
 ちなみに、ネットでテロを呼びかけ影響力を発揮したアウラキは実在の人物で、本作に記述されているように殺害された。

 説教師は、極めて慎重な男だった。
「携帯電話は使わないようにした。使った人間はみんな殺された。同志の中には知らない者もいるが、<説教師>はアメリカ人がサイバースペースでのささやきも聞きとることができるのを知っていた。そして、ささやいた者の場所を特定し、建物ごと中の人間を吹き飛ばしてしまうのだ」

 だから説教師は、ビン・ラディンの例にならい、腹心の部下にメッセージを暗記させ、必要な人物に送り届けていた。
 フォーサイスは、こう書いている。
「西欧諸国のハイテク技術をもってしても、紙に書いた手紙を盗み読みすることはめったにできない。オサマ・ビン・ラディンは十年間、山の洞窟ではなく、いくつかの隠れ家を転々とするあいだ、ただの一度も携帯電話を使わなかった。使っていれば傍受されていただろう。ビン・ラディンは使者にメッセージを運ばせた。その使者の一人で正体を暴かれたのが、アル-クウェイティで、ずっと尾行され、ついにはアボッターバードのビン・ラディンの潜む家を突きとめられたのだった」

イスラム世界の長い闇

 主人公は魅力的なタフガイだ。
 追跡者ことキット・カーソンは、祖父、父から三代続く海兵隊員である。
 その後の彼の進路を決定づけたのが、1990年8月、イラク大統領サダム・フセインによるクウェート侵攻で、キットが少尉として湾岸戦争に赴任したことだった。このとき、サウジアラビアに駐留し、キットはアラブ文化に興味を持つ。

 戦功を認められ中尉になると、アラビア語をマスターするためにエジプトのカイロにある大学に留学。在学中の1993年2月26日、パキスタン人がニューヨークの世界貿易センターの一角を爆破する事件が起こった。
「これはイスラム過激派がアメリカ合衆国に対して聖戦(ジハード)の火蓋を切ったことを意味する出来事だったが、アメリカ政府はまだその認識を持たなかった」

 ここからのくだりに、わたしは興味をそそられたので、ほんのさわりだけだが紹介したい。西側世界とイスラム社会との相克は、どこからくるのか。イスラム教の教えに、そもそもあることなのか。
 その答えの一端が、若きキットと、正統派のイスラム教徒であるイスラム学者との会話に現れる。

 キットは、イスラム世界では「聖クルアーン」(イスラム教の聖典)研究で著名な教授を訪ね、「彼らはなぜああいうことをするのですか」と素朴な疑問をぶつけてみる。「きみたちを憎んでいるからだよ」
と、老教授は答える。

 彼は、イスラム過激派について批判的だった。
「『聖クルアーン』は一人の神によって書かれたものだ・・・しかし、その中には互いに矛盾する箇所がある。聖戦主義者は文脈を無視して、一部の誦句をとりあげ、さらに少し意味をねじまげて、自分たちの行動を正当化するのに利用する。『聖クルアーン』は彼らの行動を正当化するものではない。慈悲深い神アッラーのために女子供まで殺せなどとは言っていない」

 そしてこう切り捨てる。
「怒りと憎悪がまずあって、そこに口実がつくのだ。彼らは敬虔なイスラム教徒のふりをするが、欺瞞だよ」

「怒りと憎悪」は、どこから生まれたのか。

 老教授は、警鐘を鳴らす。
「共産主義は死んだ。西側諸国は快楽と強欲に溺れて軟弱な利己主義に走っている。新しいメッセージに多くの者が耳を傾けるだろう」

 それだからこそ、アルカイダが生まれ、ビン・ラディン亡きあとも、自爆テロが絶えないのか。そうした事態を予言するかのように、老教授は別れを告げる。
「わたしの大切なイスラムの世界はこれから長い闇に入っていくようだ」

答えはサイバースペースにある

 キットのキャリアは大きく進展する。
 2001年9月11日、キットが同時多発テロを知ったのは、沖縄にある米軍基地に赴任しているときだった。
 9・11が彼の人生を変えた。「アラビア語に堪能な現役士官という稀有な人材」としてCIAに徴用され、10月17日、ブッシュ大統領がアフガン攻撃を宣言すると、キットも最前線に送り込まれていった。
 ここ、アフガンでのキットの活躍は、本書を読んでもらいたい。まさに手に汗握る冒険活劇である。

 九死に一生を得て帰国したキットは、海兵隊に復職したものの、またしても引き抜かれていった。今度は大統領直轄の秘密組織「TOSA(トサ)」の「追跡者」として。対イスラム過激派との闘いでは、必要不可欠な人材になっていた。
 その後、何人もの大物テロリストの居場所を突き止め、彼らは無人機による攻撃で次々と殺害されていった。

 そして今回の任務が、説教師の追跡だった。
 説教師とは何者なのか。彼の正体を割り出し、現在の所在を突き止めていくまでが、前半部分の読みどころである。

 もう少しだけ、踏み込んでみよう。
 最初の試みは、説教師の動画から、彼の出身国を割り出すことだった。彼は流暢な英語で説教を行うが、イギリス英語の響きがあった。しかもところどころに植民地の英語の特徴が現れており、「パキスタンの教育程度の高い家庭に生まれた者」と推測された。

 次に、説教師の動画は、どこから発信されているのか。発信者は誰なのか。「答えはサイバースペースにある、と<追跡者>は考えるようになった」
 しかし、発信者は容易には身元が発覚しない複雑な手法を用いて発信していた。捜査機関には、その壁をなかなか超えられない。
 ここで追跡者は、ある情報から、一人の若き天才を探し出す。米国ヴァージニア州に「親と一緒に住んでいるが、家から一歩も出ない変わり者。ものすごく内気で、ほとんど口をきかないが、自分の世界に入ると、戦闘機のエースパイロットみたいに飛びまわる」

 若者が使っているのはごく普通のパソコンだった。追跡者の手配で、たちどころに彼の屋根裏部屋に、超高級な最新鋭の電子機器が運び込まれる。
「モニターの前で天国にやってきた気分を味わっている十九歳の若者がいた。若者は聖戦主義のウェブサイトで説教の動画を再生しながら、キーを叩きはじめた」
 この後、暗号名「エアリエル(妖精)」と呼ばれる若者は、頼もしい相棒になっていく。

「オパル」は潜入に成功した

 電子情報で発信者の所在は突き止めた。ここではアフリカの某国、イスラム過激派の支配地区とだけ書いておく。だが、場所の特定だけでは不十分だった。その場所には誰がいるのか。はたして発信者と説教師は同一人物なのか。

 地上からは見えない高高度から、無人機が監視する。「電子通信を傍受し、熱感知器で人体の動きを追い、出入りする人間の写真を撮る」
 それだけでは決定打に欠ける。さらに正確な情報を得るためには、工作員を潜入させる必要があった。まさしくヒューミントの出番だ。

 物語の後半部分の読みどころは、説教師を見つけ出し、どのように抹殺するのか。ここからはハイテク技術ではなく、優れた情報員の手腕にかかってくる。

 追跡者は、動画の中の説教師の、覆面からのぞく、「琥珀色の目」に注目した。
 今回の作戦では、米英で被害者が出ているため、両国の情報機関は協力関係にあり、追跡者は双方の支援を得ることができる。かつて英国の植民地だったパキスタンでは、英国の情報機関が幅を利かせており、パキスタンの情報機関に協力者を潜ませている。そこから、有力情報が上がってきた。

 追跡者は、パキスタンのカラチに飛ぶ。
 ついに人物が特定できた。追跡者はある一計を企て、説教師の活動を封じ込めた。その仕掛けが、秀逸である。これには読者も、うなることだろう。

 あらすじを紹介するのは、もはや限界だが、あと少しだけ。
 アフリカ某国のその地区には、米英両情報機関とも工作員を置いていない。追跡者は、イスラエルの情報機関モサドに依頼する。
 モサドは「オパル」という名の工作員を潜伏させていた。

 オパルは、説教師グループへの潜入に成功した。
 あとは、どうやって説教師を殺害するか。ここで重大な問題が持ち上がる。オパルは説教師のそばにいる。無人機でミサイル攻撃すれば、彼をも巻き込んでしまう。イスラム支配地区に米軍が攻撃ヘリを飛ばせば、すぐに撃ち落されてしまうだろう。大統領は許可しない。

 追跡者は、自ら乗り込むつもりでいる。とどめを刺すのは自分だ。説教師に察知されず、しかもオパルの安全を確保しながら、どうすればミッションを成功させることができるか。

 著者フォーサイスは、とびっきりの作戦を用意している。是非、堪能してほしい。

「キル・リスト」

F・フォーサイス(著)、黒原敏行(翻訳)
発行:株式会社KADOKAWA
文庫版:上巻216ページ、下巻238ページ
価格:上下巻とも860円(税抜き)
発行日:2020年1月25日(上下とも)
ISBN:上巻978-4-04-108882-1、下巻978-4-04-108883-8

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