【新刊紹介】ブレグジットの面白さがわかる:鶴岡路人著『EU離脱』

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「イギリスはなぜそんなことをするのか……」という読者の素朴な疑問に答えながら、イギリスのEU離脱(ブレグジット)交渉の、政治ショーとしての面白さを存分に味わわせてくれる本である。

「離脱交渉がうまくいかないのはイギリスのせい」という姿勢を絶対に崩さず、あえて決定権をイギリスに投げっぱなしにする老獪なEU。そもそも本人は残留派だったが、国民投票の結果を受けて離脱交渉を行うイギリス二人目の女性首相・メイ。彼女がまとめてきた離脱協定に対して平気で繰り返し反対する、与党のはずの保守党議員たち。メイの失敗を受けてハードルが下がったところでおいしいところだけ持っていく、「イギリスのトランプ」ボリス・ジョンソン。

泥沼の政治劇というのはこのことか!と思わせる、ブレグジットを巡る激闘が臨場感たっぷりに描かれる。もちろん、なんとなくニュースを見ていただけではわからなかった、EU離脱交渉の勘所や、最終的な落とし所が理解できる本でもある。

メイとジョンソンが提示した離脱の条件で、一番違うのは北アイルランドの扱いだ。イギリスの一部である北アイルランドはEU加盟国であるアイルランドと国境を接しているので、イギリスがEUを離脱すればそこで物理的な国境管理を行う必要がある。しかし、過去にアイルランド統一をめぐる武力闘争が激化した際、その和平合意の中で「北アイルランドとアイルランドの自由な往来」が規定された。それを反故にしては、アイルランド和平自体が揺らぎかねない。

メイは移行期間終了までに交渉がうまくいかなかった場合の安全策として、イギリス全土がEUの関税同盟に事実上残るという策を提示した。この安全策に期限がなかったことなどで、議会で大きな批判を浴びている。一方、ジョンソンは、北アイルランドをEUの関税同盟に事実上残すという選択をした。イギリス本土がEUから自由になるために、北アイルランドをEU側に差し出した——。本書を読んで最も驚いた箇所だった。

EUとイギリスの利害が真っ向からぶつかる政治劇があって、感情移入できる登場人物がいて、意外な落とし所もある。歴史に残るであろうブレグジットを、最速で、面白く理解できる一冊だ。(ニッポンドットコム編集部)

ちくま新書
発行日:2020年2月10日
256ページ
価格:860円(税別)
ISBN: 978-4-480-07287-0

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