【書評】中国が『コロナ対策の勝利』をアピールする理由:何清漣『中国の大プロパガンダ-恐るべき「大外宣」の実態』

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新型コロナウイルスとの戦いで、感染拡大の抑え込みに成功したことをアピールし始めた中国指導部。なぜ、自らの「正しさ」をそこまで執拗に語ろうとするのか。そこには「大外宣」という戦略を掲げ、欧米に牛耳られた国際世論において、大国にふさわしい「発信力」を得ようとする長期的な野望が込められている。

中国の言動の背後にあるもの

習近平・国家主席が新型コロナ拡大後、初めて武漢を訪問して、事態収束を強調した直後の14日、中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報は社説で欧米諸国の新型コロナへの対応が甘く、感染拡大を許したことについて、「反省すべきだ」「感染対応が脆弱」だなどと指摘する内容の社説を掲載した。

また、中国のコロナ対策の専門家責任者の鍾南山氏は2月末の記者会見で「感染状況に対する予測において、われわれはまず中国について考慮し、国外のことは考慮していなかった。今では国外でも感染が確認されている。最初に感染が発生したのは中国だが、ウイルス発生源が中国とは限らない」と語った。先週は中国の外務報道官が「米軍がウイルスを武漢に持ち込んだのかもしれない」とツイッターに書き込んだ。全体として「中国だけに責任があるわけではない」「中国はうまくコロナ対応をやっている」というムードを作ろうとしているようだ。

常識的には、中国ではじめに起きた感染が世界に広がったわけなので、まずは謝罪や反省を語るべきであると思ってしまうが、そんな「常識」をまったく意に介さない中国の姿に戸惑いを感じている人は少なくないだろう。

本書『中国の大プロパガンダ』を読めば、それが中国の「大外宣」という戦略の一環であり、強気にならなければならない理由が中国にあることが理解できるだろう。「大外宣」は大対外宣伝計画の略称である。

伝説の発禁本を書いた中国学者の警鐘

本書は、何清漣氏という世界的に知られる中国出身の在米歴史・社会学者が書いた本であり、中国のメディア事情に詳しいジャーナリストの福島香織氏が翻訳にあたった。何氏といえば、1990年代に発表した『中国現代化的陷阱』という伝説的ベストセラーの著者である。こちらは改革開放による格差社会の誕生などを厳しく批判する内容だったこともあってのちに発禁本になり、中国から米国への移住を余儀なくされた。邦訳本も『中国現代化の落とし穴』というタイトルで刊行されている。

中国がプロパガンダに熱心なのは常識のように考えられているので、「大外宣」と言われてもピンとこないかもしれない。だが実のところ、中国は長く対外PRを得意としない国であった。国内に対しての宣伝工作はうまくやるが、海外となるとてんで不器用で、効果がなかなか上がらないことを中国自身も認めていた。

だが、1989年の天安門事件などを通して、国際世論の支持を勝ち取ることが、中国の大国にふさわしい国際的地位の確立に必要であるとの認識に至ったようで、この10年、中国の対外PR技術は急激に洗練されつつある。その裏に「大外宣」があることを明らかにし、世界へ警鐘を鳴らした告発の書でもある。

本書のなかで取り上げられた一つひとつの事象は既知のものもあるが、全体としてパズルのピースをはめていくと、壮大な中国の青写真が浮かび上がる形だ。

五つの目標で「発信力」を奪う

本書によれば、中国の大外宣の目標は五つあるという。
1、中国の主張を対外的に宣伝すること
2、良好な国家イメージを打ち立てること
3、海外の中国に対する歪曲報道に反駁すること
4、中国周辺の国際環境を改善すること
5、外国の政策決定・施行に影響を与えること

計画が動き出したのは2009年。中国はすでに北京五輪を経験し、改革開放の成功と将来の強国化に自信を深めているところであった。税収は増え始め、企業は豊かになった。われわれは国防予算にばかり注意を払いがちだが、著者によれば、「ドバドバと金を投じて全世界の情報環境を変えていこうと試みて」おり、同年には450億人民元(現在のレートで7000億円)が大外宣へ投じられたという。

具体的には、海外メディアの買収、新華社など中国官製メディアの海外拠点拡大、中国からの対外発信の強化、孔子学院などを通じた文化PRなど多岐にわたる。

この時期から、中国語圏では「話語権」という言葉が盛んに使われるようになった。本書では「発信力」と訳されているが、世界の発信力の80%は西欧メディアに握られているという認識に立ち、中国はその発信力の争奪に動き出したというのが本書の視点である。

私が政治観察の主戦場としている台湾や香港でも、中国の「大外宣」は活発に行われていた。08年、中国時報・工商時報・中国テレビ・中天テレビを傘下に持つ台湾の中国時報グループを、台湾に本社を置きながら、中国事業で大きな利益を上げている菓子製造大手の旺旺グループが買収した。そのとたんに傘下のメディアの論調は一気に中国寄りになり、この問題への世論の関心を高めた。

中国政府と近い旺旺グループ傘下のメディアは、18年の台湾統一地方選で、これも中国に親和的な国民党の韓國瑜氏という無名の人物を徹底的に持ち上げる集中豪雨的な報道を行った。その結果、台湾全体に韓氏の人気が一時的に沸騰して韓氏の名前をとった「韓流」ブームを巻き起こし、韓氏の高雄市長への当選だけではなく、国民党全体の圧勝につなげるうえで大きな役割を演じたと見られている。

環球時報の真骨頂

一方、中国の大プロパガンダ計画で特別な役割を演じているのは、「御三家」の人民日報や新華社、中央電視台だけではない。いま最も目立っているのは冒頭に紹介した環球時報である。

環球時報の報道や社説が、日本のメディアで紹介される頻度は非常に高い。体制内のなかで最もニュース性のある視点を突出させて語ることができるからだ。

その環球時報の名物編集長、胡錫進が実践している「中央宣伝部を怒らせないテクニック」は「不利益情報を軟着陸させることだ」という。

それについて本書はこう説明する。
「中共政府に不利な情報を見つけた時、国家利益を守ろうとすると同時に、最大限に自己のイニシアチブを発動する。メディアのルールに沿った形で国家利益を守り、党の執政利益を擁護するのである」

つまり、政府や党にとって不利益な情報をあえて報じる。しかし、党の正しい方向から外れていない。あまりにも硬すぎる「党の舌」的な内容にはならない。胡錫進はほかの官製メディアの編集長たちと違って、常に「体制の弾性」を探っており、「なかなかの活躍ぶり」を見せていると、著者の何氏は指摘する。

今回の新型コロナ問題でも、私が見ていた限り、中国メディアのなかで、一番早い段階で、武漢のある湖北省の指導部を批判したのも環球時報の1月22日の社説であり、「最初の状況をみれば、武漢が新型コロナウイルスの封じ込めを最短の時間では行えなかった。率直に言って、われわれは初戦で負けたのだ」と書いている。

これは環球時報が、その時点で批判できるレベルを正確に把握している、ということだ。中央が湖北省の責任を問うことを明確にしたタイミングをすかさず狙ったのだろう。この報道は、習近平指導部を守ることにもなる。メディアの役割を一見果たしているようにも受け止められ、国内外の読者も喜ぶ。

一石二鳥を目指す環球時報の真骨頂だった。同紙は「グローバル・タイムズ」という英字紙も出しており、まさに「大外宣」時代の申し子といえる存在になっている。

中国発のコロナで世界が混乱に陥っているからこそ、中国が「大外宣」で何を実現しようとしているのか、われわれはしっかりと見極めないといけない。

中国の大プロパガンダ-恐るべき「大外宣」の実態

何 清漣(著)、福島香織(訳)
発行:扶桑社
四六判:333ページ
価格:1900円(税抜き)
発行日:2019年10月30日
ISBN: 978-4-594-08322-9

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