ステイホーム週間に読んでおきたい「ニッポンの書棚」お薦めの10冊

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極力外出を控えなければならないときだからこそ、読んでおきたい本がある。教養を蓄えるために、あるいは極上の娯楽を求めてもよい。本サイト「ニッポンの書棚」では、毎月、多くの書評をお届けしている。いずれも評者お薦めの作品ばかりだ。人生を豊かにする読書の時間を――。とくに選りすぐりの10作を紹介しよう。

●中国が「コロナ対策の勝利」をアピールするのは何故か

1.『中国の大プロパガンダ-恐るべき「大外宣」の実態』何清漣著

新型コロナウイルスとの戦いで、感染拡大の抑え込みに成功したことをアピールし始めた中国指導部。なぜ、自らの「正しさ」をそこまで執拗に語ろうとするのか。そこには「大外宣」という戦略を掲げ、欧米に牛耳られた国際世論において、大国にふさわしい「発信力」を得ようとする長期的な野望が込められている。

「大外宣」とは、大対外宣伝計画の略称である。著者は、かつて中国共産党の政策を批判し、中国から米国への移住を余儀なくされた著名な歴史・社会学者だ。

常識的には、中国発の感染拡大なので、まずは謝罪や反省を語るべきだと思うだろうが、そんな「常識」をまったく意に介さない中国の姿勢に、戸惑いを感じている人は少なくないだろう。本書を読めば、それが中国の「大外宣」という戦略の一環であり、強気にならなければならない理由が中国にあることが理解できる。

中国発のコロナで世界が混乱に陥っているからこそ、中国が「大外宣」で何を実現しようとしているのか、われわれはしっかりと見極めないといけない。本書で紹介される事例は、たいへん示唆に富む。

中国の大プロパガンダ-恐るべき「大外宣」の実態

何 清漣(著)、福島香織(訳)
発行:扶桑社
四六判:333ページ
価格:1900円(税抜き)
発行日:2019年10月30日
ISBN: 978-4-594-08322-9

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●新型コロナだけではない、危機管理を考えるのに最適なノンフィクション

2.『「死の淵を見た男」―吉田昌郎と福島第一原発』門田隆将著

著者は文庫版の序文にこう書いている。
「私はあの時、ただ何が起き、現場が何を思い、どう闘ったか、その事実だけを描きたいと思う。原発に反対の人にも、逆に賛成の人にも、あの巨大地震と大津波の中で、『何があったか』を是非、知っていただきたいと思う」

丹念な当事者取材が、本作の最大の功績だ。福島第一原発(1F)の所長だった吉田昌郎氏、最前線にいた1・2号機の当直長ほか、最後まで1Fに残った職員たち、駆け付けた自衛隊員らの証言が積み上げられていく。

未曾有の危機に直面したとき、政府はどのように危機管理にあたったか。著者は、当時の菅直人首相ら政権幹部、原子力安全委員会のメンバー、そして東電の本社関係者に直接取材し、「何があったのか」を重層的に浮き彫りにする。

当事者たちの証言を集めた門田氏のこの作品は、これから先、福島第一原発の事故を振り返るとしたら、必ず読んでおくべきノンフクションであると思う。それだけの価値がある力作だ。
新型コロナ騒動が収束したとき、われわれは、「何があったのか」を検証しなければならない。

「死の淵を見た男」―吉田昌郎と福島第一原発

門田隆将(著)
発行:株式会社KADOKAWA
文庫版:496ページ
価格:840円(税抜き)
発行日:2016年10月25日
ISBN:978-4-04-103621-1

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●家族と過ごす時間が増えたからこそ読んでみたい一冊

3.『息子たちよ』北上次郎著

文芸評論家である著者の名前を、本の帯文で見かけている方も多いだろう。1970年代に作家の椎名誠とともに『本の雑誌』を創刊し、以来40年余りにわたって書評を書き続けている。

本書に収められた46編のエッセイで、70歳を超えた著者は、2人の息子にまつわる物語を綴り、そこから想起される本を紹介する。
たとえば長男を慕う次男の話に重ねて、青春小説の傑作である佐藤多佳子の『一瞬の風になれ』や、トマス・H・クックによるミステリー『緋色の迷宮』が俎上にのせられる。または宮本輝の『海辺の扉』から息子たちの結婚を想像し、天童新太の『悼む人』を読んで、「私が死んだら、長男と次男は、私のことをいつまでも覚えていてくれるだろうか」と考えたりもする。

全編、子供たちへの愛情にあふれるエッセイであり、読書案内の書でもある。
著者は「あとがき」に、「本書は、最初から彼ら(息子たち)に渡そうと考えている」と書き、これまでは気恥ずかしくて一冊も渡したことがないという。これが自身の手による60冊目の本となる。「本読み」の手練れによるものだけに、本書は著者が残した書評の最高傑作かもしれない。

息子たちよ

北上次郎(著)
発行:早川書房
四六版:256ページ
価格:1700円+税
発行日:2020年1月9日
ISBN:978-4-15-209908-2   C0095

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●外食に出かけたつもりになって中華料理を堪能しよう!

4.『中国くいしんぼう辞典』崔岱遠著

中華料理は世界の三大料理として知られるが、「食」をことのほか大事にする中華圏では、多彩な食べ物が長い歴史の中で育まれてきた。春夏秋冬、旬の乙な味もある。本書は中華料理の奥深さを堪能したい食いしん坊にとって必携の一冊である。

その内容は、「家で食べる」、「街角で食べる」、「飯店(レストラン)で食べる」の3部構成。目次に掲載されている料理名は家が27種、街角が30種、飯店が26種の計83種に上る。しかし、本書巻末の索引「菜単(登場料理名一覧)」に出てくる料理名は優に250種を超す。

タイトルに「辞典」とあるものの、本書は、各種料理を故事来歴とともに紹介する極上のエッセイ集として読める。そこには意外なエピソードが満載。たとえば、酢豚には西洋人の舌に合わせるためウスターソースが使われていた、北京ダックは実は南京ダックだった、四川料理はもともと辛くなかった……。

新型コロナ騒動が収束したら、すぐにも中華料理店に駆け込みたくなること請け合いの、読んで味わい深い書籍である。

中国くいしんぼう辞典

崔 岱遠(著)、李 楊樺(画)、川 浩二(訳)
発行:みすず書房
四六判:392ページ
価格:3000円(税抜き)
発行日:2019年10月16日
ISBN: 978-4-622-08827-1

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●想像力を養うために、境界線なき地図を想い描く

5.『与那国台湾往来記―「国境」に暮らす人々』松田良孝著

日本でいちばん「西」にある島、与那国島。その先にあるのは台湾だ。与那国と台湾の間にいま引かれている国境線は、かつて存在しなかった。
著者は、八重山毎日新聞で長く記者を務め、いまは台湾と日本との間を往来するライターとして活躍している。

与那国は、もともと台湾と琉球、それぞれと深いつながりをもっていた。歴史的には、日本が台湾を植民地化した際に日本に編入され、第二次大戦後、台湾との間に国境線が引かれた際に、日本にとどまった。
しかし、人々の往来や産業、文化の継承という点では、国境線は意味をなさない。
世界に一気に広がった、新型コロナを思えば、まさにその通り。

本書の貢献は、日台の裏面史を、当事者の証言を丹念に粘り強く集めながら、「与那国と台湾の往来」のリアルな姿を読者に実感させてくれる。
人為的に国境が引いたり消されたりする前に、与那国を含めた琉球の島々と台湾は、深いつながりを有していた。本書は私たちに、いまの地図に描かれていない、もう一枚の境界線なき地図の存在を認識させる好著である。

与那国台湾往来記 「国境」に暮らす人々

松田 良孝(著)
発行:南山舎
B6判:370ページ
価格:2300円(税別)
発行日:2013年9月30日
ISBN:9784901427302

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●最新のインテリジェンス・ワールドを楽しめる傑作スパイ小説

6.『ザ・フォックス』F・フォーサイス著

待望のフォーサイスの新訳が、今年3月初旬に出版された。物語の内容は、まさに今の諜報戦を描き切ったものである。

本作では、英国情報部(SIS、別名M I6)がロシア、イラン、北朝鮮の3国を相手に熾烈な諜報戦を展開するが、いずれも現実に起こった近年の出来事を下敷きにしているだけに、おおいに関心がもたれるところ。

2018年3月、英国で起こった亡命ロシア人スパイの毒殺未遂事件、同年5月、トランプ大統領が発表したイランとの核合意からの離脱、さらに同6月、シンガポールで行われた米朝首脳会談が発端となり、元SISの工作員が、若き天才ハッカーと組んで3国の野望を打ち砕くべく、サイバー戦を挑んでいく。そこには、世界の情報機関に人脈の深い作家ならではの秘話が散りばめられている。

しかし敵もさるもの。天才ハッカーの存在を割り出し、次々と暗殺者を送りこんでくる。そのスリリングな攻防が、最大の読みどころだ。

ザ・フォックス

F・フォーサイス(著)、黒原敏行(翻訳)
発行:株式会社KADOKAWA
四六版:285ページ
価格:1800円(税別)
発行日:2020年3月3日
ISBN:978-4-04-108878-4

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●映画館に行けないのなら、この冒険活劇を楽しもう!

7.『米朝開戦』マーク・グリーニー著

新型コロナが世界を席巻するなかでも、武力挑発行動を続ける北朝鮮。国内経済が破綻しているというのに、なぜ彼らは兵器を開発することが可能なのか。それを知る上で、かっこうのエンタメである。

米国は、監視衛星の小さな画像から、北朝鮮の陰謀をかぎつける。彼らはICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験を繰り返し、完成を目前にしている。しかし、電子・電波情報だけでは確信がもてない。

主人公は大統領直属の極秘情報機関の精鋭たち。彼らの活躍で、次第に陰謀の全容が明らかになってくるが、北朝鮮の目論見を阻止するためには、工作員を直接、送りこむしかない。単身、敵地に乗り込んだ男が目にしたものは――。

アクション映画を凌駕する、冒険活劇としての面白さは読者の期待を裏切らない。本作には、金正恩を思わせる三代目の若き首領が登場し、作家がどのように独裁者を描くのか。しかも結末は、北朝鮮の近未来を大胆に予測したものになっており、興味は尽きない。

米朝開戦

マーク・グリーニー(著)、田村源二(翻訳)
発行:株式会社新潮社
文庫版:第1巻285ページ、
価格:第1巻590円(税抜き)第2巻630円(同)、第3巻630円(同)、第4巻590円(同)
発行日:第1、2巻2019年5月1日、第3、4巻同年6月1日
ISBN:第1巻978-4-10-247271-2

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●「マトリ」の現場責任者が描く、薬物取り締まりの実録

8.『マトリ―厚労省麻薬取締官』瀬戸晴海著

いまではマトリ(麻薬取締官)という通称は、ほぼ一般の知るところとなっていると思うが、本書は、下手なミステリーを読むよりよっぽど面白い。なにしろ実体験にもとづくエピソードが豊富に盛り込まれ、平易な文章なのでわかりやすい。

著者は、薬科大学を卒業して厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用されて以来、40年にわたって文字通りマトリ一筋、最後は取り締まりの現場のトップである関東信越厚生局麻薬取締部部長に上り詰めたプロフェッショナルである。

全国に、麻薬取締官は300人しかいない。その精鋭が、日夜、地を這うような捜査で薬物犯罪に立ち向かう。対象となるのは覚せい剤、大麻、違法ドラッグなど多岐にわたる。彼らは日頃、どうやってターゲットを捉え、摘発に向けて捜査を進めているのか。それが迫真の描写で描かれている。

いまや薬物の売買は暴力団の専売特許ではなくなった。多国籍にわたる密売シンジケートの台頭、はては、素人までもが違法ドラッグの製造に手を染め、ネットで売りさばいている。それを安易に購入する客がいるが、その副作用は凄まじい。

この手のノンフィクションでは、当事者による本書が決定版であろう。

マトリ――厚労省麻薬取締官

瀬戸晴海(著)
発行:新潮社
新書判:272ページ
価格:820円(税抜き)
発行日:2020年1月20日
ISBN: 9784106108471

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●東アジアの歴史を学び、これからの関係を考える—―。

9.『荒れ野の六十年――東アジア世界の歴史地政学』與那覇潤著

日本、中国、南北朝鮮など東アジアは、歴史観を共有するのは難しい。“眠れる獅子”が再び台頭する中、令和の日本はどのような針路をとるのか。最新の研究を含め幅広く文献を渉猟し、大きな歴史の物語を紡ぐ著者の「東アジア史」は示唆に富む。

著者は1979年生まれ。東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科博士課程修了の博士(学術)だ。2007年から15年まで愛知県立大学准教授として教鞭をとる。「荒れ野の六十年」とは、日清戦争の開戦(1894年)から、朝鮮戦争の休戦(1953年)に至る期間を指す。

日本、中国、韓国など北東アジアの秩序は複雑な歴史をたどってきた。戦争、植民地支配という不幸な時代を経た日中韓は相互信頼を醸成し、助け合うことができるのか。新型コロナウイルス禍は中国から発生、韓国に飛び火したものの、感染防止対策で日本は中韓に後れを取っているようにも映る。コロナ後の日中韓関係を展望するうえでも、北東アジアの過酷な歴史に学ぶ価値がある。

荒れ野の六十年――東アジア世界の歴史地政学

與那覇 潤(著)
発行:勉誠出版
四六判:392ページ
価格:3200円(税抜き)
発行日:2020年1月30日
ISBN:978-4-585-22264-4

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●世界と日本の長い交流の歴史を考えてみよう

10.『蚕と戦争と日本語――欧米の日本理解はこうして始まった』小川誉子美著

古来、西洋人が日本語を学んできた動機は何か。キリスト教の布教、鎖国時代の日本に開国を迫る外交交渉、シルク産業、そして戦時の暗号解読などの情報戦……。本書は16世紀から20世紀半ばまでの史実を豊富な事例を引きながら人間臭く描く。

日本が欧州と邂逅するのは16世紀半ば、大航海時代である。ポルトガル船、スペイン船が相次いで来航し、南蛮貿易という形で日本と欧州諸国との行き来が始まった。この時代にキリスト教の宣教師が、布教のために日本語の習得に励んだのが始まり。

外国語を習得することは友好的で平和的なイメージがあり、国際交流を進めるうえでも不可欠だ。ところが、言語はときに国益を掛けた外交交渉や戦争の“武器”ともなる。欧米人にとって日本語は本当に難解なのか。

米国や英国は先の大戦で日本語に堪能な語学兵を大量に養成、日本軍の暗号まで解読していた。21世紀の今、海外で日本語を学ぶ人は380万人を超えている。本書は日本語を軸にした「大航海時代からの日本と西洋の交流史」でもある。

蚕と戦争と日本語――欧米の日本理解はこうして始まった

小川 誉子美(著)
発行:ひつじ書房
四六判:424ページ
価格:3400円(税抜き)
発行日:2020年2月25日
ISBN:978-4-8234-1031-4

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