【新刊紹介】パラリンピックという「黒船」:稲泉連著『アナザー1964 パラリンピック序章』

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ほとんど語られてこなかった1964年の東京パラリンピックを描いた本書には、知らなかったドラマが詰まっている。パラリンピックとは何か――、2021年大会を迎える前に読んでおきたいノンフィクション。

1964年、11月。東京オリンピックが熱狂冷めやらぬなか閉幕した2週間後、代々木で東京パラリンピックが開幕したことを知る人は、どれくらいいるだろうか。

会場は、代々木公園に隣接する織田フィールド。世界22カ国、369人が参加し、ホスト国の日本からも53人が卓球やアーチェリー、バスケットボールなどにエントリーしていた。急ぎ造られた仮設スタンドは、開幕の日、大勢の人で埋め尽くされていたという。

著者はこれまで光が当てられてこなかったこの1964年東京パラリンピックに正面から向き合い、日本各地に足を運び、話を聞いている。大会から50年以上が経過し、関係者の中にはすでに他界した人も少なくない。本書はまさに、「生き証人」による貴重なオーラルヒストリーだ。

「頭の中の回転が変わって、考えることすら変わった、私にとっての東京パラリンピックとは、そのような『体験』となったのです」(参加した近藤秀夫氏)
「わたしだってオシャレをしたり、結婚したりできるかもしれないじゃないか、って。もう一度だけ、自分の力を試してみよう、って」(参加した笹原千代乃氏)
「外国の選手たちは車椅子に乗っているというだけで、いたって普段通りに過ごしているんですよ。(中略)障害者がそんなふうに堂々としているのを見たことがないから、まずはそれに驚いた」(ボランティアの吹浦忠正氏)

参加した選手にとっても、大会運営を支えたボランティアにとっても、パラリンピックは「黒船」だったのだろう。療養所や病院にいる脊髄損傷患者を引っ張り出すという形で実現した東京パラリンピックは、結果として、障害者をめぐる日本の硬直な風土に無理やり大きな穴を開けた。パラリンピックへの参加を機に、それまでは想像もできなかった世界へと飛び込んでいった人たちの生き様を知って、そう痛感した。

本書のタイトルは、「パラリンピック序章」。1964年が序章だったのなら、2021年大会はパラリンピックの本章となる。来年、私たちはどんな東京パラリンピックを創り出せるのだろか。

パラリンピックを捉える視点が変わる一冊である。

『アナザー1964 パラリンピック序章』

稲泉 連(著)
発行:小学館
四六判 304ページ
価格:1700円+税
発行日:2020年3月23日
ISBN:978-4-09-388740-3

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