【新刊紹介】美談からこぼれ落ちたファクト:森本修代著『赤ちゃんポストの真実』

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遺棄、虐待される赤ちゃんを救うため、2007年、熊本市内の病院に設置された日本唯一の新生児用ベッド。その「赤ちゃんポスト」には、この13年間に155人が預けられた。母はなぜ我が子を預けたのか。その子は何を思うか。地元紙記者の著者が“真実”を追った。

二人の男の子を連れた「普通のお母さん」に見える理恵の話から、本書は始まる。理恵は10年ほど前、最初の夫と別居して実家に帰っていた時、風呂場で、一人で出産した。子どもの父親は夫ではなかった。間もなく帰宅した母に告白した。

理恵は「赤ちゃんポスト」をテレビで知っており、出産したら子どもを連れて行くことは決めていた。翌日、母親の運転で数時間かけ、熊本の慈恵病院に向かった。ポストに赤ちゃんを置き、数メートル歩いた所で、病院スタッフに呼び止められ、すべてを話した。

「子どもを置くことはいいことではないと分かっている、だから罪の意識があります。あの時、逃げていたら、ずっと区切りがつかず、置いた子どもを考え続け、心を病んでいたと思う」「子どもを庭に埋めて、自分も死のうか、頭をよぎったことはある」

病院で赤ちゃんを抱いて撮った写真が、理恵の宝物になっている。その子は今、養親のもとで暮らしている。理恵は再婚した。今の夫には、子どもを産んだことがあると告げている。

かつて、来日したマザー・テレサは、「日本は豊かで美しい国だが、たくさんの胎児を中絶する心の貧しい国である」と言った。「赤ちゃんポスト」開設の前年、熊本県内で、21歳の母親がトイレで女児を産み落とし、殺人容疑で逮捕される事件があった。

産婦人科主体で、キリスト教系の慈恵病院が、ドイツをモデルに、親が育てられない子どもを預かる「赤ちゃんポスト」の構想を明らかにした。すると、当時の安倍首相(第1次内閣)は「匿名で子どもを置いていけるものを作るのがいいのか。大変、抵抗を感じる」と不快感を示した。

無責任な子捨てを助長すると反対論が出る中、「赤ちゃんポスト」の運用が始まる。初日に預けられたのは、想定外の3歳児だった。“父”と新幹線に乗ってきた。しかし、後にこの子が赤ちゃんの時に実の親を亡くし、赤ちゃんが相続した金を使い果たした伯父による捨て子とわかる。

その後も、美談からこぼれ落ちる出来事があった。2015年には重度の先天性障害を持つ1歳児が預けられた。40歳代の中国人夫婦の子だった。実は双子で、一家は健常な子と共に中国に帰国して、その後、移住したらしく消息は明らかでない。

「赤ちゃんポスト」に預けられる約8割は生後1か月以内の新生児。また、預けた理由は、最も多いのが「生活困窮」で、「未婚」「世間体・戸籍に入れたくない」「不倫」が続く。

実の親を知りたい子どもたち

著者は、ポストに預けられた子にも会った。10代の活発な少年は、里親や他の里子と暮らしている。「今の生活は楽しい。(実の)親のことは知りたいです。教えてほしい。自分がどうやって生まれてきたのか、親のことが分からなければ不安です」

「赤ちゃんポスト」はこれまで、テレビドラマなどに多く取り上げられてきた。本書の終わり近くに、取材記者たちの本音が述べられている。「ポストの中で何が起きているのか分からない」「批判的なことは書けないと、デスク(上司)に言われた」「聖域化して、報道が甘くなった」…。

著者も、紙面には書けないことがあった。「命を救っている人(病院)に対して何ていうことを書くのか」と批判されるのを怖がって、勝手にタブー視していたと反省している。だが、法律がない中、ポストを運営するリスクを著者は依然として感じている。

その後、この病院に続く施設は現れていない。「赤ちゃんポスト」が日本社会に多くのものを問いかけている。

小学館
発行日:2020年7月5日
319ページ
価格:1500円(税別)
ISBN:978-4-09-388772-4

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