【新刊紹介】知られざる情報機関の実力とは:手嶋龍一・佐藤優著『公安調査庁』

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日本の情報コミュニティーのなかで、外務省、公安警察、内閣情報調査室などと比べ、もっともその活動の知られていない情報機関が「公安調査庁」である。しかし、近年、その存在価値は増している。本書で、インテリジェンスに精通したふたりが対談を通してその実態を明らかにする。

対談冒頭から、いきなり驚くべき秘話が紹介される。
2001年5月1日、成田空港の入国審査場で北朝鮮の最高指導者・金正日総書記の長男、金正男の身柄が拘束された。彼は偽名を名乗り、所持していたのは偽造パスポートだった。

なぜ、正体を見破ることができたのか。<日本の当局は、その男がシンガポールから日航機で成田に到着することを事前に知らされていたのです>(手嶋氏)
この極秘情報を真っ先に入手し、身柄拘束に導いたのが、ほかでもない公安調査庁だったのである。

では、貴重な情報を同庁にもたらしたのは、どこの国の情報機関なのか。著者はそれぞれの知見から、英国秘密情報部(MI6)との解を提示する。

ヒューミント(人的情報収集)を得意とする同庁に、優秀な「調査官」がいた。海外情報機関のカウンターパートとして、信頼関係に基づいた人脈と情報の「ギブ・アンド・テイク」があったからこその成果であった。

そこで疑問がわく。なぜMI6は同庁に入国情報を流したのか。その意図はなにか。著者によるその謎解きは興味深い。
そしてまた、これは日本にとって千載一遇のチャンスだった。<せっかく網にかかったのなら、拘束しておいて、拉致問題のカードに使えばいい><普通なら泳がせて、何のために来たのか、誰と接触したのかなどを確認します。>(佐藤氏)

しかし、当時、就任したばかりの田中真紀子外務大臣の「大暴れ」によって、5月3日、早々に金正男は北京へ強制送還される。このあたりの首相官邸の内幕も掘り下げられており、せっかくのインテリジェンスを生かすも無駄にするも、ときの政治指導者の力量によるということが、本書を読んでよくわかる。

以下、公安調査庁の知られざる活動について、著者は詳らかにしていく。
同庁は定員1660人にして150億円の予算規模で、「最弱にして最小の情報機関」といわれる。しかし、2013年に国家安全保障会議(日本版NSC)が創設されて以来、インテリジェンス・コミュニティーをとりまく状況は大きく変わった。
<その中央山脈に公安調査庁が位置し始めています。>(手嶋氏)
いまや国際テロ対策から、コロナ渦にみられるようなウイルスによる海外のパンデミック情報まで、同庁の守備範囲は拡大しているという。

著者について、いまさら紹介する必要はないだろう。当代きってのインテリジェンス通のふたりによる、当意即妙の対談が本書の最大の魅力である。そしてまた、一筋縄ではいかないご両人だけに、ときに対話のなかにそれとなく腹の探り合いが垣間見えることにも注目してほしい。

中公新書ラクレ
発行日:2020年7月10日
244ページ
価格:840円(税抜き)
ISBN:978-4-12-150692-4

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