【新刊紹介】誤警報によって人類は破滅する:ウィリアム・ペリー、トム・コリーナ共著『核のボタン』

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広島に原爆が投下されてから75年、今なお、核で人類が破滅するリスクは去っていない。本書が指摘する最悪のシナリオは、誤警報によって米国の大統領が「核のボタン」に手をかけ、核戦争が始まってしまうというものだ。たった一人の誤った判断で世界が滅亡していいのか――、と著者は問いかける。

「トランプ大統領は電話1本で、数分以内に、1千発もの核兵器を発射できる。それぞれが広島型原爆の何倍もの破壊力を持つ。文明の終わりになるだろう」
核爆発による被害は、米ロにとどまらず、世界中に波及する。

だが、彼の命令を誰も止めることはできない。「核のボタン」に手をかけることは大統領の「専権」であり、その指示に従って、米軍はシステマティクに次々と核ミサイルを発射する。
「トランプ大統領にとって、核戦争を始めることは、ツイートを1つ送信するのと同じくらい簡単だ」

著者のひとり、ウィリアム・ペリーはクリントン政権で国防長官を務めるなど、「究極のインサイダーであり、核兵器の歴史を最前線で見てきた」人物、核世界を差配する司祭のひとりであった。同氏は「世界に核兵器が存在する限り、米国は核抑止力を維持すべき」との立場だが、歴代政権の核政策の歴史を振り返りながらその欠陥を指摘し、核軍縮の必要性を説いていく。

著者が最も危険だとするのは、「警報下発射」と呼ばれるシステムである。米国は、軍事衛星によってロシアの大陸間弾道ミサイル(ICBM)を監視している。発射されたという警報が出されると、大統領はただちに報復攻撃を指示することになる(ロシアも同様の監視体制をとっている)。

しかし、この警報が、誤ったものであったとしたらどうなるか。
「発射は取り消せないし、手違いだと伝えられたロシアの指導者が報復しないで踏みとどまることはないだろう」
これは杞憂ではない。間一髪だった過去の事実が明らかにされる。
「我々が知る限り、冷戦期に米国で少なくとも3回、ソ連では2回、そうした誤警報があった。二度と起きないと考えられる理由はない。人間は間違いやすく、機械は故障する」
本書には、その実例が記されているが、紙一重の差で破滅に至らなかったのは幸運だったとしか言うほかない。

ロシアのICBMは30分で米国の主要都市に到達する。大統領が、報復を決断するまでの時間的余裕は10分ほどしかない。たったひとりにすべてを委ねてよいのか。
恐ろしい事実が記述されている。ジョン・F・ケネディは鎮痛剤の常用で意識朦朧となることがあり、ニクソンはウォーターゲート事件以来酒浸り、レーガンには在任中からアルツハイマーの兆候が始まっていたという。「かんしゃく持ち」のトランプの機嫌が悪かったらどうなるのか。

誤爆を避けるにはどうすればよいのか。著者は、大統領の「専権」を改め、核の使用には立法府と行政府で権限を共有する、さらに米国は核の先制使用の禁止を宣言せよと提言する。
「振り返ると、ソ連が挑発的な攻撃を仕掛けたことはなかったし、これからもしないだろう。そうする動機がロシアにはない。今日、最大の危険はロシアの奇襲ではなく、米国かロシアがしくじって、偶発的に核戦争に陥ることである」

今日では、サイバー攻撃による警報システムの脆弱性も明らかになっており、なおさら誤爆のリスクが高まっている。
「核のボタンをやめる以外に核の大惨事の危機を減らす手段はない」

朝日新聞出版
発行日:2020年6月8日
四六版:304ページ
価格:2300円(税抜き)
ISBN:978-4-02-251694-7

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