【新刊紹介】アベノミクスの舞台裏を徹底検証:軽部謙介著『ドキュメント・強権の経済政策』

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時事通信の記者だった著者が帝京大学教授に転身して、初めて上梓したのが本書。これまでの著作と同様に、徹底した取材と検証に基づいたファクトファインディングの姿勢が貫かれている。ここから何を読み取るかは、人によってさまざまだろうが、評者はアベノミクスが従来の経済政策とは比べ物にならないほど、政治プロパガンダ色が強いと感じた。

地殻変動

「軽部さんの本をはじめとして、いろんな本が出ていますけれども、…」。中尾武彦・前アジア開発銀行(ADB)総裁は7月30日、日本記者クラブでの会見で、いきなりこう切り出した。本書を念頭に置いた発言だ。

同氏は財務省勤務時代、「通貨マフィア」と呼ばれる財務官を務めた。政策を立案・遂行した当事者が軽部氏の存在、そして彼の作品を強く意識していることを物語る一幕だった。

本書は、サブタイトルにあるように、前作「官僚たちのアベノミクス~異形の経済政策はいかに作られたか」の続編。しかし、独立したドキュメンタリーとしても読み応えがある。

2017年12月19日、都内のホテルで老齢の紳士2人が向き合うシーンで「物語」は、始まる。翌18年4月に5年間の任期が切れる日銀総裁、黒田東彦の後任をめぐり、財務相の麻生太郎と元日本銀行総裁の福井俊彦が水面下で接触したのだ。

黒田日銀とその政策を支える現役日銀マンに対しては、伝統的な金融政策を信奉する日銀OBたちの不満と不信が膨れ上がっていた。その代表格として担ぎ出された福井は、具体名を挙げて次の日銀総裁と副総裁には誰が適任、不適任と伝える。結果的に黒田は総裁職を続投するのだが、著者が描きたかったのは、その裏にある対立の構図だ。

場面は変わって2019年1月4日のKKRホテル東京。財務省(旧大蔵省)の事務次官OBと現役幹部たちの新年会は、例年のような華やかさとは程遠い雰囲気に包まれた。あいさつに立った最年長の次官OB、吉野良彦が主計局長を名指しして怒りを爆発させたからだ。

1986~88年に2年間、次官を務めた吉野は、官邸に乗り込み時の首相、中曽根康弘に直談判したことで知られる硬骨漢。官邸の意向に追従して歳出の膨張を止められない、現役官僚が歯がゆくて仕方ない。一方で、現役からすれば、吉野をはじめとするOBたちがやり過ぎた結果、その反動が自分たちに跳ね返ってきていると感じている。

以上が「プロローグ」。日銀と財務省という日本を代表する政策セクターで起きている「OBvs現役」の対立を取り上げることにより、首相、安部晋三による強権政治がもたらした地殻変動を象徴的に浮き上がらせた。

次官のメール

続く第1章から第7章にかけ、官邸一強体制の基盤を築いた内閣人事局の設立、本来は民間が独自に決めるべき賃上げに政府が関与した官製春闘、消費税率引き上げの延期、為替介入などの政策テーマを取り上げている。そこに登場する政治家、官僚たちの立ち位置、発想、行動、そして時に息遣いを克明に描きながら。

あとがきにあるように、本書は事実関係を正確に記録することが目的であり、政策の是非には触れていない。その判断は、本書を手に取る読者、ひょっとすると10年も、20年も将来の読者に委ねている。ジャーナリストとしての使命感が、著者を150人超の関係者に対するインタビューへと駆り立てたのだ。

こうした基本姿勢にもかかわらず、著者の心情が垣間見える部分がある。第4章「消費税増税延期へ」だ。当時の財務事務次官、香川俊介はガンに冒され余命宣告を受けていた。予定通り消費税率を引き上げるよう政治家たちの説得に奔走したが、官邸が下した決定は「延期」だった。2014年11月9日、財務省は官邸から「消費税増税延期・解散総選挙」を通告される。この日、香川は妻にこうメールを打った。

「さっさと辞めようかな。抗議して」「一人批判されるよりも皆で滅んだほうがいいという(中略)太平洋戦争と一緒」

もちろん、責任ある立場を投げ出すわけにはいかない。香川は病魔を押して次官職を全うし、定期人事で退職した直後の15年8月に亡くなる。

私信のメールまで発掘して記録した著者の取材力に敬服する。そして、強権アベノミクスの生成過程で誰が何をしたのか、歴史の闇に紛れさせてはならないというジャーナリズムの意義を改めて気付かされた。

岩波書店
発行日:2020年6月19日
270ページ
価格:860円(税別)
ISBN:978-4-00-431833-0

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