【新刊紹介】正義と悪徳が相まみえるとき:鬼田隆治共著『対極』

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厚生労働省に脅迫文が届く。要求が通らなければ、関係者を拉致殺害するという。連続して起こったOBの人質事件に、警視庁の特殊部隊(SAT)と特殊犯捜査係(SIT)が派遣された。性格も捜査手法も違う両雄が、凶悪犯罪の現場で激突する―。

著者のデビュー作となった本作は、今年の第2回警察小説大賞(小学館)を射止めている。

主人公の中田数彦はSATに所属する25歳の警部補だが、素行が悪い。公休ともなると、「スキンヘッドと細く整えられた眉が相まって、ハリウッド映画に出てくる囚人のような出で立ち」で場末の繁華街にある闇営業のパチスロ屋に出入りし、昼間から路上で缶ビールを浴びるほど飲む。やくざと喧嘩沙汰になることもしばしば。

しかし、特殊部隊員としての戦闘能力は抜群に高い。人質事件など凶悪犯罪の現場に送り出されると、制圧第一班班長として数名の部下を率い、ひるむことなく危険な犯行現場に突入する。人質救出のためには犯人を平然と射殺することも辞さず、その非道ぶりに「悪魔」との異名がある。

もうひとりの主人公・42歳の谷垣浩平はSITに所属するエリート警部で、特殊班の1ユニットを率いる係長である。妻と10歳の娘がおり、数少ない休みにはファミリーレストランで食事をする絵にかいたような家族思い。そのハンサムな風貌からも警視庁内では「王子」と揶揄されている。

幼少期、母親をガンで亡くした中田は、父親から虐待を受け、児童養護施設で育つ。高校時代、自暴自棄になっていたときに、あるきっかけでSATの上司と出会ったことで警察官になるが、その理由が「合法的に暴れられて、発散できると思ったから」と嘯(うそぶ)く悪徳ぶり。

一方の谷垣は、「自分たちの職務は、むやみに犯人を傷つけることなく、彼らに正当な法の裁きを受けさせることだ」と信じる理想主義者だ。人質犯とは交渉説得を第一義とする。中田には「社会正義」を振りかざす谷垣が気に入らない。この「対極」にある両者が捜査で相まみえたとき、強烈な軋轢が生じる。そのあたりの鬼気迫る描写が、本作の最大の読みどころである。

物語は、いくつかの事件を経て、厚生労働省を標的としたテロ事件がヤマ場となる。連続してOBの人質事件が発生し、犯人はそれぞれ現場で死亡。脅迫文を出した首謀者は謎に包まれている。狙いは何なのか。
事件のカギは「ドラッグ・ラグ」だった。それは、新薬の認可を待ち望む末期患者がいる一方で、なかなか承認を得られないという問題である。その不条理な現実を、著者は渾身の筆をふるって訴えかける。

谷垣、中田と、人質を取った首謀者との対決シーン、その壮絶な結末に、読者は唖然とすることだろう。

小学館
発行日:2020年8月3日
四六版:285ページ
価格:1600円(税抜き)
ISBN:978-4-09-386582-1

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