【新刊紹介】「伝説の歌姫」に捧げる鎮魂歌:古賀慎一郎著『ちあきなおみ 沈黙の理由』

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「伝説の歌姫」ちあきなおみは、夫・郷鍈治(えいじ)の死を契機に歌手活動を休止。復帰を望む声は多いものの、いまだに沈黙を守っている。それはなぜか。彼女を支えた最後のマネージャーが、四半世紀の時を経て、その真実を初めて明らかにする。

ちあきなおみといえば、日本レコード大賞を受賞した『喝采』(昭和47年)をはじめ、数々のヒットを飛ばし、演歌からジャス、シャンソンなど幅広いジャンルの歌唱で多くの聴衆を魅了してきた。
筆者は、郷の死の前年から8年間にわたって、ちあきのマネージャーを務め、彼女の素顔を最も身近に見てきた人物である。

日活の悪役スターだった郷鍈治は、実兄の宍戸錠の紹介でちあきと知り合い、昭和53年に結婚した。当時、彼女は所属事務所とのトラブルで独立したものの、芸能界で孤立無援。郷は、自身の俳優活動を止め、ちあきの個人事務所の社長に就任し、彼女を支えるプロデューサー稼業に専念する。

筆者が、ちあきの付き人兼マネージャーになったのは、平成3年8月、24歳のときだった。郷からは「ちあきは全く手がかからない人だから安心しなさい」「ちあきに付くことは、恵まれていると思いなさい」と言葉をかけられるが、その意味は、彼女の人柄を物語るエピソードを読み進むうち、おのずとわかってくる。

ちあきは「音符の読めない歌手は歌手ではない」と言う。作曲家の船村徹は「音符の裏側が読める歌手」と彼女を評した。郷は筆者に、
「洋楽っぽい日本の歌が幅を利かせているこの時代、その歌い手に帰り着く場所があるのかしらと、ちあきも言ってるよ」

郷は末期がんを患っているが、身を削って妻の音楽活動をサポートする。彼女は、死期が近づく夫を献身的に看病しながら、心の動揺を微塵も表情に出さず、コンサート、ディナーショーを完璧にこなしていく。そこに夫婦愛の凄みがある。
「・・・他者が入り込む隙間など全くない程の結束。郷さんにとってはちあきさんが、ちあきさんにとっては郷さんが、世界であり、全てなのだ。」

平成4年9月、郷は死去した。亡骸を自宅へ運んだ夜、宍戸錠は筆者に言う。
「あの二人は悪い子達じゃないが、二人の世界に入り込み過ぎている・・・俺はずっと心配してたんだ」

「密葬という形をとりたい」と、ちあきは希望する。葬儀の前夜、彼女は長い髪を切り、当日、焼き場に向かう直前に棺に納め、夫の唇に接吻した。

郷の死から3年後、筆者は尋ねた。
「ちあきさんは、本当にもう歌わないのですか?」
彼女の答えは、是非、本書を読んで確かめてほしい。

「伝説の歌姫」はなぜ沈黙を守っているのか。
ここで明かされる真実は、けして意外なものではない。彼女はつぶやく。
「ちあきなおみは、もういないのよ」
本書は「伝説の歌姫」に捧げる鎮魂歌でもあるのだろう。

新潮社
発行日:2020年8月25日
四六版:254ページ
価格:1350円(税抜き)
ISBN:978-4-10-353541-6

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