【新刊紹介】センセイの褒め言葉:伊集院静著『作家の贅沢すぎる時間―そこで出逢った店々と人々―』

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著者にして初の食に関するエッセイである。紹介される料理の品々は、いずれも味わってみたいものばかりだが、「美味い、不味いじゃない。行き着くところは、味より人である」と本書で述べているように、含蓄する意を堪能してほしい。

「旅打ち」(ギャンブルをしながら旅をすること)で青森県の特別競輪に遠征したときのこと。雨模様となった5日目の準決勝で運が尽きた。東京までの帰りの電車賃とその日の飲み代だけは残っていたが、「私の懐には、翌日の最終日、決勝戦を打つタマが切れていた。」

昨晩も立ち寄った鮨屋に顔を出した。「三日前に訪ねた折も、店の丁寧さと、洗練された客あしらいに感心していた。」
美しい着物姿の女将が、傘を手に出迎えてくれた。主人からは「俺も、そっちはしない方じゃないから、いろいろあるよ」と言葉をかけられる。
負けた口惜しさから、飲み過ぎた。

そのまま店の奥座敷で毛布をかけられ寝入っていた。翌朝目覚めると、枕元に封筒が置かれている。「遠慮なく、明日使って下さい。店主」との手紙。かなりの額が入っていた。
「考えあぐねた末、私のその金を鷲掴んで競輪場へむかった。若かったのである。ともかく人の情の何たるかをまるでわかっていなかった。」
それ以来、その鮨店とは20数年のつき合いになる。

著者は「店のことを書いていて、実は自分の半生のことを書いている気がした」と記しているが、本作は、食を通して振り返った自伝エッセイでもある。
ここには、著者が印象に残った70数軒の店が網羅されている。北海道、東北、関東、関西、九州と全国におよび、ジャンルは割烹から鮨、焼鳥、おでんと和食が多いが、敷居の高い店から街の蕎麦屋や中華の小店までと幅広い。

とはいえ、「私は食べ物の美味い、不味いは口にしないし、書くこともない・・・(書くことは)どこか品性を欠いているように思える。」と述べているように、むろん食した品々について紹介してはいるのだが、その良し悪しではなく、もっぱら店主の人柄、そこで出逢った人々や、人生のなんたるかを教えられたことについて、ユーモア溢れる筆致で振り返っている。

「佳い(よい)店ほど、美味い店ほど、主人は気難しいのが相場である」というのが、著者の結論のようだ。いまは故人となった作家の色川武大、演出家の久世光彦、イラストレーターの長友啓典各氏との交流譚は興味津々。

それで、こうした店々の料理は美味かったのか。
文中、伊集院センセイ(親しみをこめて)の褒め言葉は、「なかなか」であり、さらに「たいしたもんだ」とつけ加えることがある。「なかなかの人物」「なかなかの店」といった具合に使い、最上級が「なかなか、たいしたもんだ」となる。

私事で恐縮だが、著者は私の「酒とゴルフ」の師匠である。本作で取り上げられた店にもいくつかお供をし、「なかなかの店」であることは身をもって体験しているから、是非、訪ねてみてほしい。お薦めは、著者が10年来通っている銀座裏の小さな焼鳥屋である(本書には店名が書かれているのでご購入を)。
「予約は受け付けないが、図体のデカイ私が行くと、何とか席を空けてくれる・・・主人はおそろしく無愛想であるが、その分仕事はきちんとしている。」

双葉社
発行日:2020年9月20日
新書版:309ページ
価格:1000円(税抜き)
ISBN:978-4-575-31572-1

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