【書評】急速に進む両国の緊密化:岡部伸著『新・日英同盟 100年後の武士道と騎士道』

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日本とイギリスの関係が急速に進んでいる。かつては日英同盟を結び、日露戦争に勝利したが、1922年に破棄されてから間もなく100年。再び同盟が結ばれ、日本が米英豪、カナダ、ニュージーランドの英語圏5か国の機密情報ネットワーク「ファイブ・アイズ」に参加する日が近いことを、本書は感じさせる。 

日英両国は双子のように似たもの同士

「イギリスで暮らすと、一世紀前、東洋の島国・日本と西洋の島国・イギリスとのあいだに生まれた縁(えにし)が脈々と続いていると感じることが少なくなかった」。序章の冒頭近くにこんな文章がある。著者は2015年から19年まで産経新聞ロンドン支局長を務めたので、最新英国事情に詳しい。

「日本はアジアのイギリス。イギリスはヨーロッパの日本。双子のように似たもの同士」。現地支局の英国人助手が、よくこう話していたという。「思ったことをグッとこらえて感情を表に出さないところが共通点」とも。たしかに両国は歴史の長い皇室(王室)を持ち、緑茶と紅茶は違うがお茶の文化もあり、自動車は左側通行で右ハンドルなど、似ている点が多い。

現在の日英緊密化の動きは、イギリス主導で始まった。キャメロン政権が2015年に策定した「国家安全保障戦略」で、戦後初めて日本を、価値観を共有するオーストラリアやニュージーランドと同じ「(同志のような)同盟」と明記し、海洋国家同士の連携を打ち出した。さらに、アジアにおける安全保障分野で最も親しいパートナーとして、協力体制を強化すると盛り込まれた。

イギリスは、中国やロシアの攻勢に対抗して自由と民主主義を守るため、またEUからの離脱も重なり、アジア回帰の戦略を加速させるため、日本との関係を戦略の要に位置付けた。「アメリカの最も緊密な同盟国である日英は互いに『最も重要なパートナー』と呼び、コロナ禍で覇権国家・中国の正体が判明したいま、関係の緊密化が進んでいる」と著者は指摘している。

日露戦争2年前の同盟締結

イギリスは明治新政府を世界で最初に承認。その後、両国は西洋列強として初めての対等条約を締結し、関係を深める。そして1902年(明治35年)、イギリスは東洋の新興国・日本と軍事同盟の「日英同盟」を結び、先端軍事技術を惜しみなく提供した。南下するロシアに対して、日英両国の利害が一致したからだ。同盟締結2年後に日露戦争があった。

しかし、イギリスの兄弟国、アメリカが日本の大陸進出を警戒し、日英同盟の廃止を望んでいたため、22年(大正11年)、日英同盟は破棄された。この後、日本は日独伊三国同盟を結び、米英と闘って敗戦した。

英語圏5か国の「ファイブ・アイズ」に日本参加か

現在、胎動している新しい同盟は、100年前の軍事同盟とは目的や構造が違う。両国が協力する分野は人道支援、テロ対策、平和維持活動、海洋安全保障、サイバーセキュリティ、インテリジェンス(情報活動)、感染症対策など公衆衛生…と極めて幅広い。特にインテリジェンス面では、イギリスは映画「007」でおなじみの情報大国なだけに、中東、欧州、ロシアなどに関する新しい情報の入手も期待される。

こうした動きの中で、英語圏アングロサクソン5か国で構成される情報ネットワーク「ファイブ・アイズ」に日本の参加が現実味を帯びてきた。河野太郎防衛相(当時)は2020年8月、新聞社とのインタビューで、「日本は以前から5か国と情報交換している。価値観を共有する5か国と外交や経済で足並みをそろえるのは非常に重要だ」と、日本が加盟する「シックス・アイズ」への参加に意欲を示した。

英ジョンソン首相も同9月、議会で日本の「ファイブ・アイズ」参加は大きな成果になると、歓迎の意を示した。しかし、「日本政府から私への(正式参加の)提案はまだない」とも述べた。

軍事面では、2018年に北富士演習場などで陸上自衛隊と英陸軍の共同訓練が行われた。米軍以外の外国地上部隊が日本で行う初の演習となった。2021年初めには、新造の英最新鋭空母「クイーン・エリザベス」、日本の空母型護衛艦「いずも」、米原子力空母「ドナルド・レーガン」が参加する3か国合同演習も予定されている。

日英150年のエピソード

本書は幕末・明治から150年余に及ぶ日英関係についても詳しく述べており、エピソードが多数紹介されている。

英国の青年王子が年子の兄王子とともに1881年、海軍の見習士官として世界周遊訓練の途中に来日。明治天皇は西洋式の晩餐会を開き、歓待した。この青年王子が後に国王ジョージ5世となる。昭和天皇が皇太子時代の1921年に欧州を歴訪した際、まだ20歳の皇太子を大歓迎し、立憲君主制についての手ほどきをして大きな影響を与えたのが、この国王だ。

第二次世界大戦中、東南アジアで日本軍の捕虜になった英国人兵士らの問題で、一時は日英関係が悪化した。1998年の天皇(現上皇さま)訪英の時も、元捕虜らが天皇のお車に背を向け、日本国旗を燃やした。その和解のため、元兵士らとの交流を重ねた民間日本人ボランティアの努力。日本に補償を求める元捕虜や遺族に特別慰労金を支給して、英国内問題として決着を図ったブレア政権の決断などがあった。

チャーチルの騎士道精神

終章にある名宰相チャーチルのことも興味深い。彼は、アメリカの圧力で日英同盟は破棄せざるを得なかったと思ったが、後で悔恨した。1945年7月、日本の戦後処理を協議したドイツ・ポツダムで、チャーチルは米トルーマン大統領に、日本が最後に求めた国体護持を認め、降伏条件を緩和するよう提案する。

原爆投下で無条件降伏によるアメリカ主導の終戦を構想したトルーマンに却下されたが、著者は「チャーチルには、窮地に陥った日本に惻隠の情を示し、武士の名誉を守ろうとする『騎士道精神』があったといえる」と述べている。戦後75年を経て、日英同盟復活の声が高まるほどに友好が深まった背景には、チャーチルらの騎士道精神があったはずだ、と著者は結ぶ。

『新・日英同盟 100年後の武士道と騎士道』

岡部伸著
発行:白秋社
四六判 319ページ
価格:1700円+税
発行日:2020年10月28日
ISBN: 978-4-434-28082-5

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