【新刊紹介】「通説を打破する」万葉集の入門書:上野誠著『万葉集講義 最古の歌集の素顔』

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学生時代、「古典が苦手だった」という方に是非読んでほしい入門書である。本書では、万葉集の全体像が平易な文章でわかりやすく解説されている。読み進むにつれて、われわれは想像する以上に豊潤な万葉歌の世界に引き込まれていくことだろう。

〈『万葉集』をどういうものだと考えるか?〉
本書は万葉集を知るうえで恰好の手引書だが、そこは気鋭の万葉学者の手によるものだけに、類書にはない独創性がある。

〈本書には、明確な主張がある。〉
と、著者は書いている。
〈それは、「『万葉集』は、素朴でおおらかな歌々を集めた歌集である」、という通説を打破することである。〉
本稿の読者も、それぞれ万葉集について漠然としたイメージをもっているかと思う。しかし、本書を読むとそれが思い込みであったことに気づかされる。その一端を記せば――。

〈『万葉集』は、現存最古の歌集であるから、歌々は日本的であるという考えは、その一面真理でしかない。もっとも中国詩文の影響が色濃い歌集であるということもできる。〉

万葉集は、広く庶民からも歌を募った「国民国家」の歌集であるのか。
〈その担い手の大多数は、宮廷社会に生きる貴族たちであり、『万葉集』は貴族文化である〉。ただし、〈「全階層」の歌々を集めたいという「志向」〉があった。

万葉集が編纂された8世紀中葉、歌は想像する以上に、全国に広がっている。
〈私が、『万葉集』の性格を考えるうえで重要だと思うのは、律令官人(評者注・宮廷に仕える官僚)の地方赴任である。〉
大伴旅人や山上憶良ら中央官僚が、「国司」として地方に赴任することで宮廷文化が伝えられ、漢字の普及とともに〈都の歌のかたち、たとえば五・七・五・七・七の短歌体なども、こうして地方に広がっていったのである。〉

このような地方との交流により、逆に地方の文化(歌)が都に還流されていく。万葉集に収められた「東歌」が代表例であり、読まれた歌の地理的な範囲は、遠江、駿河、武蔵、信濃、はては遠く陸奥にまで及んでいることに驚かされる。

かの有名な「防人歌」も地方交流の成果である。歌い手は、外敵から国を守るために東国から筑紫に派遣された兵士たち。〈彼らは、二十一歳から六十歳までの男子から徴発されて、難波まで引率され、そこから船によって、筑紫に赴いた人びとである。〉
私は、てっきり防人歌は筑紫で歌われたものと思っていたが、大間違い。
〈歌が集められたのは、難波なので、難波以西の歌は存在しないのである。〉

本書には、代表的な歌の数々がわかりやすい解説付きで紹介されている。むろん、万葉集の大スターというべき額田王、大伴家持、柿本人麻呂らの歌もふんだんに盛り込まれているので、万葉人の豊潤な世界を是非、堪能してほしい。

中央公論新社
発行日:2020年9月25日
新書版:243ページ
価格:880円(税抜き)
ISBN:978-4-12-102608-8

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