【書評】大人も楽しめる:コリン・ソルター著『世界で読み継がれる子どもの本100』

Books 文化 教育 社会

子どものための本は18世紀半ば以降、欧州を中心に出版が相次いだ。産業革命、第二次世界大戦など歴史の潮流も児童文学に大きな影響を与えた。現代までの数世紀、主に英語圏で上梓された100冊を選りすぐった本書は大人にこそ魅力的だ。

17世紀から現代までの名作百選

『エドワード・リアのナンセンス詩集成』、『不思議の国のアリス』、『トム・ソーヤーの冒険』、『アルプスの少女ハイジ』、『宝島』、『ピーターラビットのおはなし』、『赤毛のアン』、『ピーター・パンとウェンディ』、『クマのプーさん』、『ツバメ号とアマゾン号』、『ホビットの冒険』、『星の王子さま』……。本書には不朽の名作がずらりと並ぶ。

一方で、現役作家による今世紀の新作も盛り込まれている。『コララインとボタンの魔女』(2002年)、『夜中に犬に起こった奇妙な事件』(03年)、『まいごのペンギン』(05年)、『グレッグのダメ日記』(07年)、『大好き!クサイさん』(09年)などは若い世代に人気だ。

本書の名作100選は、シャルル・ペローの『がちょうおばさんの話』(1697年)からパトリック・ネスの『怪物はささやく』 (2011年)まで出版年代順に1から100まで通し番号を付けて紹介されている。1冊あたり3ページを割き、簡潔ながら味わい深い文章と、初版の書影や挿絵などカラー図版も豊富なビジュアルな造りだ。

本書が取り上げた100冊は古典的名作から世界的ベストセラー、映画化されたヤングアダルト(YA)小説、ダークファンタジー、定番の少年少女小説、幼児を対象とした絵本まで幅広い。本書を紐解いていけば、児童書の奥深い歴史も辿れる。

著者は実は作品を選んでいない

著者、コリン・ソルター氏は英国スコットランドのエジンバラに拠点を置く歴史作家である。翻訳者、金原瑞人氏は「訳者あとがき」で、彼についてこう書く。

「著者は児童書の研究者でもなければ、マニアックな愛好家でもないのだ。そう、コリン・ソルターはライターなのだ。(中略)ヒストリー・ライターやサイエンス・ライターは日本ではあまり知られていないが、英語圏ではとても人気のある文筆業だ。歴史や科学の研究者ではないが、それについて非常に広い知識と深い関心を持ち、一般の人が興味を持ちそうなテーマを取り上げ、一般の人にもわかるように、おもしろく書くのが仕事だ」

意外なことに、100冊に名作を絞ったのは著者自身ではない。彼は本書の前書きに当たる「はじめに」でこう明かす。

「どのように本を選んだのか? それは簡単でもなければすぐに決まったわけでもなかった。賛辞(あるいはクレーム)はすべて、パヴィリオンブックス社のスタッフにお伝えいただきたい。子どもの頃に読んだ本のリストを作ったのは彼らだから」

本書を出版したロンドンのパヴィリオンブックス社のスタッフが中心となってリストを作成したわけだ。つまり著者は思い入れや独善を排し、プロの編集者たちとのチームワークで100冊を厳選したうえで、才筆を振るったといえよう。

児童文学は産業革命で幕開け

「グリム兄弟が民話を集めたのは子どものためではなく、学問的興味からだ。産業革命の発展によってこうした民話が人々の記憶から消えてしまうことを恐れ、それをなんとか残そうと、民話のアンソロジーを作ったのだ」

おとぎ話『白雪姫』、『ヘンゼルとグレーテル』、『眠れる森の美女』などで知られる『グリム童話集』(1812-57年)は本書で、通し番号2として登場する。童話集成立の背景について、著者はこう解説する。

「児童文学の本格的な幕開けは、19世紀になってからで、それまでは、幼い子ども向けに書かれた作品はほとんどなかった。残酷な話は削り、不適切な箇所は修正してみて、親たちは『グリム童話集』の大きな特徴に気づく――幼い子どもに生きる教訓を教えられるではないか。こうしてこの本は、世界中の子どもの本棚には欠かせない作品になった」

『アンデルセン童話集』(1835-72年)は本書では通し番号3になっている。『裸の王さま』や『マッチ売りの少女』などを主な作品とするデンマークの童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンには、小説『クリスマス・キャロル』(1843年)などで有名な英国の文豪チャールズ・ディケンズとの交遊秘話がある。 

産業革命を経て失業者が増えるなど社会問題を抱えた19世紀のヴィクトリア時代を生きたディケンズと、貧しい家に生まれたアンデルセンは「ふたりとも社会の貧しく目立たない人々を書いていたので、お互いに尊敬の念を抱いていた」

だが、アンデルセンがディケンズの家に2度目の訪問をした際、5週間も滞在して嫌がられた。「それ以来、ディケンズがアンデルセンからの手紙に返事をすることはなかった」という。

戦争の世紀は児童書にも反映

「戦争の世紀」といわれた20世紀、児童書の世界にも多大な影響をもたらしたことが本書の随所に出てくる。

ドイツ人作家エーリヒ・ケストナーは、第一次世界大戦に従軍した経験を持つ。「平和主義者で、ヒトラーの軍国主義や政策を公然と批判した」ため、ナチスに迫害された。1933年に書いた『飛ぶ教室』を最後にドイツ国内での出版を禁じられ、著書の多くは母国で燃やされたのである。

戦前の作品で焚書(ふんしょ)を免れたのは、本書の通し番号22『エーミールと探偵たち』(1928年)だけだったという。

ユダヤ系ドイツ人の少女、アンネ・フランクはナチスのユダヤ人迫害から逃れるため、オランダの首都アムステルダムの隠れ家に家族とこもったが、強制収容所に送られて15歳で病死した。戦後、父親の尽力で出版された『アンネの日記』(1947年)は通し番号38として選ばれている。

「日記の中のアンネ・フランクは、ひとりの生身の少女であると同時に、戦争で罪なく犠牲になったすべての人でもある」。著者は「目撃者の記録でもあり、個人的な日記でもあるこの作品は、10代にとって必読の書」と推奨する。

通し番号57は『はらぺこ あおむし』(1969年)。「ジョージ・W・ブッシュ元大統領は、お気に入りの児童書としてこの絵本を挙げている。1分ごとに『はらぺこ あおむし』が売れている」という世界的ベストセラーだ。

“絵本の魔術師”の異名をとる作者エリック・カールは今年91歳。米国でドイツ移民の家に生まれたが、戦争体験がある。

「6歳のときに、家族とともにドイツに移住。第二次世界大戦中、父はドイツ軍に徴兵されたのちソ連軍の捕虜(ほりょ)となり、カールは15歳のとき、軍の仕事で塹壕(ざんごう)を掘らされた」

戦後の1952年、米国に戻り、「ニューヨークタイムズ」紙や広告業界でグラフィックデザイナーとして活躍した。その後、文と絵を手がける世界屈指の絵本作家へと変身した。

女性作家が大活躍、億万長者も

数世紀にわたる世界の児童文学史で、女性作家の活躍も光彩を放つ。

本書では通し番号6『若草物語』を執筆したルイザ・メイ・オルコットをはじめ、同9『黒馬物語』のアンナ・シュウエル、同18『秘密の花園』のフランシス・ホジソン・バーネット、同20『ビロードのうさぎ』のマージェリィ・ウィリアムズ、同27『風にのってきたメアリー・ポピンズ』のP・L・トラヴァース、同39『たのしいムーミン一家』のトーベ・ヤンソン、同54『おちゃのじかんにきたとら』のジュディス・カー、同73〈スイート・ヴァレー・ハイ〉シリーズのフランシーン・パスカル、同92『夢の彼方への旅』のエヴァ・イボットソンらの名前が次々に出てくる。

100選のうち、女性作家の著作は優に3分の1を超える。特筆すべきは、通し番号35『長くつ下のピッピ』(1945年)で知られるスウェーデンの児童文学作家アストリッド・リンドグレーンと、同84〈ハリー・ポッター〉シリーズ(1997-2007年)で一躍有名になった英国の作家J・K・ローリングのふたりではないか。

「『長くつ下のピッピ』というキャラクターの誕生エピソードは、児童文学の傑作の定番といっていい。もともとは、リンドグレーンが風邪で寝こんでいた娘のために、この物語を話して聞かせたのがきっかけだ」

リンドグレーンの作品は90カ国語以上に翻訳され、『長くつ下のピッピ』だけでも40カ国語以上で親しまれている。彼女はスウェーデンの国民的ヒロインであり、2002年に94歳で死去した葬儀には国王夫妻や当時の首相も参列したという。

〈ハリー・ポッター〉シリーズの誕生の瞬間も今や伝説となっている。

「孤児になった幼い魔法使いが魔法学校でその技術を磨くという発想が浮かんだのは、J・K・ローリングが遅延した列車で4時間身動きがとれなくなっていたときだ」

シリーズ最終巻の『ハリー・ポッターと死の秘宝』は発売から24時間で1100万部を売り上げたといわれる。1965年生まれのローリングは「現在までで世界で初めて億万長者となった唯一の作家」なのだ。

「だれもが永遠の子ども」への贈物

子どもへのクリスマスプレゼントに書籍を贈るのなら、とても参考になる。この本自体も児童書のガイドブックとしてお薦めだ。本書は前述したように100冊の内容を単に紹介しているわけではない。作家や挿絵画家の生い立ちや人生模様、ストーリーの歴史的背景などにも触れていて、大人も十分楽しめる。児童書をめぐる百篇の上質なエッセイを集大成したともいえるだろう。

「ここで紹介した100冊のうち、50冊については文句なしに賛成かもしれないし、残り50冊にはいいたいことが山ほどあるかもしれない」。著者はこう前置きしながら、読者に語り掛ける。

「リストの中になつかしい、大切な作品をみつけたら、喜んでほしい。初めて知る作品や作家をみつけたら、ぜひ、読んでみてほしい。児童書の前ではだれもが、永遠の子どもなのだから」

本書巻末には日本語で読める「主な邦訳書・関連書」が通し番号順に21ページにわたり列挙されている。因みに本書100選のうち、邦訳書がないのは通し番号26『ラクダ飛行部隊がやってくる』(1932年)と〈ビグルズ〉シリーズ、同75『リーマスじいやの話 完全版』(1987年)、同81〈ホリブル・ヒストリーズ〉シリーズ(1993-2013年)の3点だけである。

世界で読み継がれる子どもの本100

コリン・ソルター(著)
金原瑞人+安納令奈(訳)
発行:原書房
A5判:364ページ
価格:2800円(税抜き)
発行日:2020年10月31日
ISBN:978-4-562-05794-8

書評 本・書籍 童話 児童文学 児童文学作家