【書評】清々しく生きるには:加藤俊朗、谷川俊太郎著『呼吸の本』

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年が明けても新型コロナウイルスの感染拡大のニュースに接するにつれ、マスクなしで普通に呼吸ができる日が待ち遠しいと思わずにいられない。命をつなぐ無意識の営みである呼吸。これをさらにうまく活用すると、固くなった心をほぐせるとして、本書は清々(すがすが)しく生きられる術を指南してくれる。

話は昨春に遡るが、このコロナ禍で志村けんや岡江久美子ら多くの大事な命が奪われ、衝撃を受けた人は多いだろう。私は、元阪神タイガースの片岡篤史がチューブにつながれ、息も絶え絶え言葉を発しようとしたのをテレビで見た時、固唾を飲みながら、思わず祈った。「あっちに行くな。こっちへ戻って来いよ」と。そして今は再び重症患者が増え始めている。

それほど大事な生命の営みなのに普段はほとんど意識されることがなく、失いかけて初めて気が付くのが呼吸の存在である。普通に呼吸できること自体がそもそも尊いことなのだが、それを意識的に行うともっと良いことが起きるというのが本書のテーマだ。

試しに…

本書は科学や医学の本ではないし、単なるノウハウ本でもない。だから、論理的に理解するというよりも、「感じる」ことが大事になる。例えば、こんな一節が出て来る。
「吐くとき、足の裏から地球の中心に向けて吐きます。(ただそう思うだけです)」
「吸うとき、地球の中心から足の裏に吸います。(ただそう思うだけです)」

付属のCDには、この続きがある。「足の裏から吸い上げたら、身体の中を通し、頭のてっぺんから宇宙に向かって吐きます。そしたら頭のてっぺんを使って宇宙から吸って…」という具合だ。

これを非科学的と言ってしまえば、その通りだし、この辺で読むのを諦める人が出てきてもおかしくない。だが、発想を変えてみたらどうなるか。身体を使って地球の中心と宇宙をつなげ、身体を介して「気」が通り抜けていくと想像できたら、どんなに気持ちよく、素敵なことだろうか。

天井の低いマンションの一室で力んでみても「天と地」を感じるのは少し難しい。例えば公園内の樹木のそばとか海辺とか自然の中でさりげなくやってみるといい。確かに気持ちが良く、その気になれるから不思議だ。3密を回避しながら、たまにはマスクを外して、この正月にでもそんな時間を持つといいかもしれない。

「吸う」よりも「吐く」

「自(みずから)の心」と書いて「息」という字が生まれたように、「息は心の状態」を表しているという。では、乱れたり、ささくれだったりした心を整えるにはどうしたらよいか?息は心持ちの反映だとしたら、逆に息を整えてやったら、心持ちも変わるのではないかというのが本書の発想だ。中でも「吐く」を意識したらよいと説く。その典型はため息だろう。

本書によれば、「吸う」はためるとか、独り占めとか、執着を意味するのに対して、「吐く」は執着を取り払い、心の汚れを出すことを意味する。吐くだけ吐いても心配は無用。その分、自然と空気が入ってくるからだ。

「呼吸」という言葉は、「息を吐く」の意の「呼」が先立ち、「吸」が続く。つまり、「吐いてから吸う」のが本来の意味だという。ところが、ストレス社会に生きる現代人は「吸呼」、すなわち、息を吸うばかりで吐き切れておらず、イライラしながら不健康な状態にあるというのだ。

吸うも吐くも順番などお構いなしというのが大方の人だろう。やってみると分かるが、吐こうとするには結構意識がいる。ヨガや気功、太極拳など東洋の健康法も呼吸に意識を向けるという共通点がある。最近ではアスリートも肉体改造ばかりではなく、ぶれない心を養う一環として呼吸法を採用し始めている。

詩人の思い

本書は、「呼吸家」の加藤俊朗氏と、その教え子である詩人・谷川俊太郎の共著。教え子が質問し、先生が答える形式を取っている。

谷川の加藤評は「アタマ(左脳)というよりは、カラダ(右脳)の感覚と行動を通して身につけた独特な宇宙観、人間観が私にとっては新鮮」とあるように、大いに刺激を受けているようだ。

本書の冒頭には谷川の「息」という題の詩が添えられている。「…が息をしている」という一文で始まる4節から成る詩は、一節ごとに風・虫・星の順で主語が交代していき、最後の一節はこうなっている。

人が息をしている
ひとりぼっちで
苦しみを吐き出して
哀しみを吸い込んで
人は息をしている

自然界にあって、人間だけは悩み苦しみ、場合によっては外からうかがい知れぬような辛い思いを抱えて、生きている。そんな切ない思いは息とともに吐き出してしまおうというのが、本書のメッセージである。

呼吸の本

加藤俊朗、谷川俊太郎(著)
発行:サンガ
四六変型判 216ページ
価格:1800円(税別)
発行日:2010年1月25日
ISBN:978-4-904507-48-3

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