【書評】歴史のピースを丹念に埋めた労作:西野智彦著『日銀漂流~試練と苦悩の四半世紀』

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「漂流」とくれば、1997年の『同盟漂流』(岩波書店)が頭に浮かぶ。筆者の船橋洋一氏は当世を代表するジャーナリスト。「よくぞここまで」と、その取材力には舌を巻く。外交・安保分野で日本のジャーナリズムを代表するのがこの本だとすれば、『日銀漂流』は経済・金融分野でも、同レベルの作品があることを堂々と世に示している。

筆者は旺盛な探求心と類まれな取材力で、数々のスクープを放った著名なジャーナリスト。90年代の金融破綻に関して岩波書店からシリーズ本で検証した実績をもつ。2019年にも『平成金融史』(中公新書)を出版し、バブル崩壊以降の不良債権処理 を中心に、政策の立案・実施過程をレビューしたばかりだ。

今回は、21世紀に入り経済政策の中心に座った金融政策を材料に、新日銀法下の中央銀行を活写した。特に前作で「日銀法改正の記述が薄かった」という自省から、今回は1章を立てて「何があったのか」というジャーナリズムの基本任務を完遂している。

1998年に新日銀法が施行されて、金融政策を取り巻く風景は一変した。戦時立法だった旧法が大蔵省(現財務省)優位の思想を貫徹した内容だったのに対し、独立を看板に掲げた新法は、「政治との距離」が常に日銀の中心的な課題となってしまう構造だ。

それが分かっていながら、どうして日銀は法改正に乗ることを決めたのか。なぜ大蔵省は独立を認めたのか。新日銀法の条文に「独立性」でなく「自主性」と書かれたのはなぜか。これらの疑問点をつぶしていく過程で、初めて明らかにされたファクトも数多い。

新生日銀の金融政策に関する取材も緻密。中央銀行という、小難しくとっつきにくい組織内部の出来事を、落ち着いた筆致で一つずつ暴いていく。

自分が望ましいと思っていること以外には「フェイクニュース」とレッテルを張る時代。「もう一つの事実(alternative facts)」などという言葉も跋扈(ばっこ)する。日本の政権は公文書を残さず後世の検証に対して後ろ向きだし、当局の描く「正史」 に真実性の担保はない。

これら「事実」をないがしろにする風潮にどう対抗すればいいのか。筆者の答えは「上書き」と「空白を埋める作業」だ。

「自分の書いた本を上書きしていく」ことが筆者のモットーなのだそうだ。真実に迫るということは、そういう自己否定の作業から入る覚悟が必要になる。また「日銀法改正」 のように、自分の作品を点検し常に「足らざるを補う」姿勢を維持しなければ、歴史のピースは埋められない。

自己研鑽(けんさん)を積んだ筆者が細部をおろそかにせず、事実で政策プロセスを再構成した本書は示している。日本のジャーナリズムが決して「漂流」していないことを。

日銀漂流~試練と苦悩の四半世紀

西野智彦(著)
発行:岩波書店
四六判:358ページ
価格:2500円(税別)
発行日:2020年11月26日
ISBN:9784000614382

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