【新刊紹介】5歳の子とアフリカへ移住したシングルマザーの起業奮闘記:唐渡千紗著『ルワンダでタイ料理屋をひらく』

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東京の一流企業に勤めていたシングルマザーが、当時5歳の息子と二人でアフリカのルワンダへ渡り、タイ料理レストラン「Asian Kitchen」を開業し、日々奇想天外なトラブルやカルチャーショックに出くわしながらも格闘してきた5年間の体験を綴ったノンフィクション。

 著者がルワンダへの移住を決めたのは、心身共に追い詰められていた会社員時代に休暇をとって、かの国を旅した際、広大な青空や夜明けの風景の美しさに五官が解放され、「ここで息子と暮らしたい」と直感したから。飲食業の経験もないのにタイ料理レストランを始めたのも、これまた直感による。1年後、意気揚々と再びアフリカの大地に降り立ったが、前途は多難だった。

 廃墟のような物件を借り、当初2週間で施工を終わらせるという話で大金を渡していたケニア人はそのまま逃亡。著者は自ら現場監督となり、設計図と全然違う位置に小窓をつけ、引き戸だと何度も念を押したのに開き戸を取りつけてしまう業者と闘いつつ準備を進めていく。面接に来た若者たちとはコミュニケーションも容易でなく、シェフはレシピを無視して全く別の食べ物を作る。またグリーンカレーがどうしても赤くなってしまうという怪現象が起き、原因解明のためにバンコクまで飛んだ。息子ミナトも現地の幼稚園に入れられて戸惑い、泣きじゃくる毎日。

 お客さん第一号は、泥棒だった。またあるとき日本から運んできた飾り物が見あたらないのに気づいてスタッフに尋ねると、お客さんに売りました!と胸を張って答える。別の日には電子レンジが故障した。聞くと分解し水洗いしたという。停電は日常茶飯事で、外が土砂降りなのに断水することも。更に家主から金を騙し取られたり、仕入れがまるで不安定だったりと気苦労は絶えない。

 経営をあきらめかけたときもあったが、不屈の闘志と、かつて培った人材管理や顧客対応のノウハウを活かして徐々に店を軌道に乗せ、スタッフとのチームワークも築いていった。それと同時に彼らが日々直面している貧困や、1994年のジェノサイド(大虐殺)についても知ることとなる。

 スタッフの大半は貯蓄を持たず、多くの家族を養っている。郊外の土壁の家から長時間歩いて通っている人もいる。ひとたび家族の誰かが病気にでもなればたちまち困窮する。マラリアも普遍的に存在し、著者の子供が高熱を出した時には本気で恐れた。

 イノセントという名の男性スタッフはジェノサイドで親を殺され、4歳から路上生活を余儀なくされた。物乞いをしたり、野犬に襲われたりする壮絶な毎日で、死んでいく仲間も見てきた。14歳から小学校に通い、のちに人から紹介されてAsian Kitchenの面接を受けにきた。身寄りがないことが結婚の障壁にもなっている。そんな辛酸を嘗めてきたイノセントだが、ある日ロックダウンで意気消沈する著者になまった英語で言った。「アイ・シンク、エブリシング・ウィル・ビー・オーライ」(きっと全てがうまくいく)と。どこまでも前向きなその言葉に、著者はルワンダ人の底力を見る。

 経営努力の賜物か、新型コロナに国中が戦々恐々とする中でも店は維持できている。ミナトはすっかり英語が堪能になり、小学校卒業も間近。本書には起業本やシングルマザーの手記という側面もあるが、主眼は別にある。

 「他人の価値観で生きているうちに、いつの間にか迷子になってしまった」一人の人間が、「一歩踏み出して歩き出し、つまずいたり迷ったりしながらもがいた軌跡から、それ(自分らしさ)はきっと見えてくる」ということに気づくまでの遍歴を、同じように生きづらさを感じている人に伝えたい。本書の原動力となっているのはそんな思いであり、異郷で奮闘する著者の姿は、読者に励ましと勇気を与えてくれるだろう。

左右社
発行日:2021年3月28日
256ページ
価格:1800円(税別)
ISBN:978-4-86528-021-0

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