【新刊紹介】福島第一原子力発電所で働く人々:稲泉連著『廃炉「敗北の現場」で働く誇り』

Books 社会 防災 科学

東日本大震災から10年という節目に、是非、読んでおくべき作品だろう。福島第一原発(イチエフ)の廃炉作業は40年かかるといわれているが、いまだ見通しの立たない困難の連続である。本書は、現場で働く人々が、それぞれの仕事にどのような思いで取り組んできたのか、その苦悩と奮闘ぶりを描いた渾身のルポルタージュである。

「廃炉作業」とは、未曾有の大災害に抗しきれなかった最先端技術の「敗北の現場」でもある。「究極的には『ものを壊し、更地にしていく』という目的のためだけに働く彼らが、どのような思いを抱えながら、日々の仕事に向き合っているのかを知りたかった」、それが著者の執筆動機であるという。

ひと口に「廃炉作業」といっても、様々な種類の仕事があり、現在では4000人あまりが黙々と働いている。そこには、一般には知ることのできない世界がある。著者は、いくつかの困難な作業を詳述しつつ、彼らの心情を引き出している。

崩壊した原子炉建屋での作業は、常に被爆の危機と隣り合わせである。水素爆発で吹き飛んだ4号機の作業を依頼されたのは竹中工務店だった。放射性物質の飛散を食い止めるため、建屋を覆う構造物を設計施工し、使用済み燃料を取り出していく。どのような方法で。技術者は言う。
「・・・もちろん危険なことも分かっていましたが、『これをうちがやらなければ、どうなるか分からないよな』・・・だから選択肢はない、前を向いてやるしかないんだ、と。」

3号機の作業を請け負ったのは鹿島建設である。高線量の放射線を帯びた現場では、複雑に絡まり合った瓦礫を撤去するにはクレーンで遠隔操作するしかない。それには幾多の困難があった。
取り出した瓦礫運搬作業は、他の復旧作業の妨げにならないよう、深夜に行われた。それは想像以上に高い線量で汚染されている。無人の車両を遠隔で操作できる熟練オペレーターの存在が不可欠だった。技術者は語る。
「・・・上司には『世の中にこんな仕事をやったことのある人はどこにもいないから』と言われましてね・・・半ば開き直ったような気持ちでこの現場に来たんです」

原子炉格納容器の内部はどのようになっているのか。その調査は東芝が担った。ロボットを使ってデブリ(溶けだした核燃料の堆積物)の状態を調べていく。実際に映像でとらえられたのは事故から7年後だった。
担当者は、「何かを作り上げるわけではない『廃炉』という仕事には、確かに後ろ向きな印象が常に付きまとうものだ・・・それでも前を向いていこうとする気持ちが、この仕事には不可欠な向き合い方なのだ」と話す。

技術者だけでなく、著者は彼らの作業を支えるバックヤードにも目を向ける。大勢の作業員を宿泊施設から現場までピストン輸送で運ぶバスの運転手がいる。地元出身の彼は、志願してこの仕事に転職してきた。
事務棟の大型休憩所に設けられたコンビニの店長は、「どうにかしてここを楽しく、一生懸命仕事に取り組める場所にしたい、とずっと考えてきました」
原発構内に食堂が作られた。彼らの息抜きのために、約30種類のメニューが日替わりで用意されている。調理師は話す。「『普通の食堂』と同じことがしたい・・・『イチエフだからこういうものしか出ない』というのは絶対にダメだ、と思ってきました」

事故後に東京電力に入社し、イチエフに配属された社員は、「廃炉という仕事」をどう考えているのか。彼らは「加害企業」で働き始めた若者たちである。そのうちの一人は、「・・・誰かがやらないといけないもの・・・もし、自分の経験がここで誰かの役に立つのであれば、それを誇れるような働き方ができるんじゃないか、と思ったんです」

本書に登場する人々のモチベーションになっているのは、責任感、使命感であり、そこで働くことの誇りである。それは未来へ向かって一筋の希望である。

新潮社
発行日:2021年2月15日
253ページ
価格:1600円(税抜き)
ISBN:978-4-10-332092-0

本・書籍 東日本大震災 福島第一原発 新刊紹介 廃炉