【書評】最新の軍事情勢を“可視化”する:能勢伸之著『極超音速ミサイルが揺さぶる「恐怖の均衡」』

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新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)と並行して、軍事の世界では米国、ロシア、中国などが新型兵器「極(ごく)超音速ミサイル」の開発競争を繰り広げている。日本を取り巻く脅威と最新の軍事情勢を知るには必読の一冊だ。

「核兵器のない世界」めぐる内幕

マッハ数とは、音速の何倍速いかを表す。「極超音速」は、マッハ5以上を意味する。マッハは厳密には速度の単位ではない。高度や気温などの条件にもよるが、マッハ5は秒速で約1700メートル、時速だと約6120キロメートルに相当する高速である。

本書は、核兵器による「恐怖の均衡」の歴史と構造を解き明かす。 マッハ5以上で飛翔する極超音速兵器が誕生したストーリー、開発競争の現状、今後の課題などを図表も交えて客観的、詳細に描いている。

2009年4月、チェコのプラハでの演説で「核兵器のない世界」を提唱した米国のオバマ大統領(当時)が同年のノーベル平和賞を受賞したことはよく知られている。

翌年2月、バイデン副大統領(同)は「我々は(核兵器と)同じ目的を達成する複数の手段を開発している」と言明した。その“非核”の手段とは何か。著者は米国防総省の「CPGS(全地球規模即時打撃非核兵器構想)」だと指摘する。

CPGSとは、地球上のいかなる標的に対しても1時間以内に命中精度の高い“非核”兵器、すなわち通常兵器で打撃を与える構想だ。オバマ政権は「『恐怖の均衡』の“恐怖”の原因である、戦略“核”兵器を非核化するために、CPGS構想を打ち出した」のである。

著者は10年2月のバイデン演説についてこう解説する。

「バイデン副大統領は、非核の極超音速兵器構想=CPGSをあくまでも『核なき世界』に近づくための重要な一歩だと言わんばかりであった」

オバマ大統領が掲げた「核兵器のない世界」とは、核兵器の役割を果たす“非核兵器”を開発して核兵器を削減し、将来は廃絶するというシナリオだった。だが、その内実は、通常兵器による迅速なグローバル攻撃能力を向上させるという米国の冷徹かつ現実的な安全保障戦略そのものである。 

探知・迎撃が難しい極超音速兵器

従来型の弾道ミサイルは楕円軌道を描いて落下してくる。これに対し、極超音速兵器は単純な楕円軌道ではなく、不規則に機動(軌道を変更)するのが特徴だ。しかも、弾道ミサイルよりも低く飛ぶことができるため、レーダーをかいくぐりやすい。現状の弾道ミサイル防衛(BMD)システムでは、探知や迎撃が難しい所以だ。

この新型兵器は「極超音速滑空体(HGV)」と「極超音速巡航ミサイル(HCM)」に大別される。HGVはロケットで打ち上げられ、充分に加速した後、切り離された先端部が極超音速でグライダーのように滑空し、標的に向かって軌道も不規則に変えられる。

一方、HCMも、ロケットブースターで打ち上げ、加速してから、切り放され、極超音速飛行用のスクラム・ジェットエンジンでさらに加速され、軌道を変えながら標的に向かう。極超音速であり、機動性にも優れているため、迎撃は難しい。

「極超音速滑空体は、①静止軌道衛星(早期警戒衛星)によって、追尾している弾道ミサイル等と比べると、10~20倍暗いため、米軍等が構築してきた宇宙の早期警戒衛星のセンサーによる捕捉が難しい上に、②弾道ミサイルや、その弾頭より、かなり低く飛ぶので、地上・海上レーダーによる素早い捕捉・追尾が難しく、③滑空体は一種のグライダーなので、同じロケットを使用する弾道ミサイルより飛距離が長く、④機動するので未来位置も弾着点の予想も難しい」

著者は「極超音速ミサイル」の特徴をこう総括する。

一般に弾道ミサイルは、ほぼ単純な楕円軌道の一部を描くことから、「センサーとコンピュータが高性能であれば、弾頭の未来位置が予測可能となり、従って、高性能の迎撃ミサイルによる対処も不可能ではない、と考えられてきた」。しかし、極超音速の新型兵器には通用しないかもしれない。

米国の先を行くロシアと中国

極超音速ミサイル開発の先陣を切ったのは、オバマ政権下の米国だった。「HTV-2 という平べったい三角形をした極超音速滑空飛翔体」の発射実験を2010年4月と11年8月に実施した。しかし、2回とも「成功とは言い難かった」

極超音速兵器プロジェクトは「近年、中国、ロシアの開発が先行し、米国が後れをとっている」のが実態だ。

ロシアのプーチン大統領は18年3月1日の年頭教書演説で、新型核兵器計画を大々的にぶち上げた。その目玉が「極超音速滑空体弾頭=アヴァンガルド」である。

「オバマ政権は、究極の核廃絶のために、極超音速兵器を開発しようとしたのに対し、ロシアは、極超音速“核兵器”のプロジェクトに乗り出していることをプーチン大統領、自らが明らかにしたのである」

ロシアは19年12月27日、サイロ発射式ICBM (大陸間弾道ミサイル)「SS-19」2発にアヴァンガルドを搭載し、配備したとされる。本書には「2027年までに同ICBM×12発がアヴァンガルド搭載型に改修される見通し」という情報も盛り込まれている。

「アヴァンガルドは、『ミサイル防衛を克服する手段』であり、内蔵される核弾頭の『出力は、800キロトン~2メガトン』と広島型原爆の『約130倍に相当』(「RIAノーボスチ通信」18年12月18日)と報じられていた」

中国が核保有国となったのは、1964年10月の東京五輪開催中に核実験に踏み切ったからだ。核弾頭数は米ロに比べると圧倒的に少ないものの、中国も極超音速兵器の開発に乗り出している。

2019年10月1日、北京での建国70周年記念の国慶節軍事パレードに初公開の装備が次々に登場した。

「『パレードで最大の驚きはDF-17極超音速滑空体(HGV)搭載ミサイルが姿を現したことだった』と米軍事専門誌『DEFENSE NEWS』(19年10月1日)は指摘した」

中国のメディアによると、DF-17は「非核兵器」だとしているが、その性能は「滑空の間、飛翔速度は、ゆっくりと減衰し、さらに機動しながら、30キロメートルまで降下したところで標的にダイブ。最高速度は、約マッハ10で、しかも飛翔高度が60キロメートル以下」という。

著者はこう警鐘を鳴らす。「日米の弾道ミサイル防衛、特にイージス・システムによる迎撃は極めて困難と予想される」。しかも、DF -17 の射程は「約1000~1500マイル(約1600キロ~2400キロメートル)」とみられている。つまり日本列島はDF-17 の射程内にすっぽりと入る。

北朝鮮も変則軌道ミサイル保有

北朝鮮の核開発や中国の軍備増強などで北東アジアの軍事バランスはここ数年、大きく揺らいでいる。日本を取り巻く脅威は劇的に増大しているのだ。

「2019年は、極東でのミサイルの脅威が大きく変化した年と記録されるかもしれない。同年5月4日及び9日、北朝鮮は2度にわたって、ミサイルや多連装ロケット砲、自走砲の発射訓練を行い、事後、これ見よがしに、発射した兵器の画像を公開した」

「北朝鮮は、翌20年にも、3月2、9、21、29日と4度にわたって、ミサイルを訓練、または試験発射した」

一連のミサイル発射の画像やレーダー探知から解析すると、例えば米軍が「KN -23」と呼ぶ北朝鮮の単距離弾道ミサイルの飛び方は楕円の一部を描く軌道ではなかった。「プルアップ(pull-up=下降段階で上昇飛行)機動をした」という。

KN-23は西側のミサイル防衛網を突破することを狙っているのだろう。著者は「北朝鮮は、極超音速で飛翔し、プルアップで軌道を変えるミサイルを少なくとも2種類保有している」と結論づけている。

南シナ海と台湾で米中さや当て

南シナ海の海域は約350万平方キロメートル、地中海よりも広い。世界の海上貿易量の半分ほどが通過する要路であり、軍事的にも戦略的要衝である。

「2020年4月に米軍は、空母セオドア・ルーズベルトの空母打撃群、7月には空母ロナルド・レーガンと空母ニミッツの2個空母打撃群に米空軍のB-52H大型爆撃機1機を加えた異例の演習を南シナ海で展開した」

これに対抗するように「20年8月26日、中国軍は南シナ海に向け、弾道ミサイル4発を撃ち込んだ」。ミサイルは2種類。「DF-26Bは、射程4000キロメートルの地上・海上標的攻撃用の核・非核両用中距離弾道ミサイルとされ、グアムの米軍基地に達するため『グアム・キラー』とも呼ばれる」、「DF-21Dは射程約1800キロメートルの準中距離対艦弾道ミサイルで、『空母キラー』とも呼ばれる」

米中両国は南シナ海を舞台に鞘(さや)当てを演じているのだ。中国は南シナ海北部の海南島に、戦略ミサイル原子力潜水艦(SSBN)の基地を持つ。中国は広大で水深が深い南シナ海をSSBN のために「聖域化」しようとしている。将来、米本土に届く潜水艦発射弾道ミサイル(SLBN)を開発できれば、対米けん制できるからだ。

中国が南シナ海を「ミサイル原潜の聖域」にしようと動いていることに、米国はどう対応するのか。著者はこう看破する。「この観点から、注目されるのが、台湾である」

台湾北東部、新竹市の標高2620メートル級の樂山(ルーサン)。ここに世界最高水準の巨大な高性能早期警戒レーダー「EWR/SRP」がある。1200億円の巨費を投じて建設、12年末から運用を開始している。

「17年に米国から4憶ドル相当の技術支援が実施されており、さらに性能は向上したとみられる」。EWR/SRPは「ほぼ南シナ海全域がカバーできる」という。

米国にとってEWR/SRPは「将来、突然、南シナ海の海中から、米本土に向かって飛翔する潜水艦発射弾道ミサイルを捕捉・追尾するのに欠かせない『目』であり、どうしても、防衛しなければならない戦略装備となるかもしれない」

米ロは新STARTを延長するも

極超音速兵器の開発競争で、米国は2020年末現在、「開発途上にあり、まだ、実用化や部隊配備の段階にはない」と著者は分析する。

「中ロが極超音速ミサイルで米国より先行し、北朝鮮も軌道を変えるミサイルを実用化する中、日本もまた、各国から『極超音速』研究で注目される国になりそうだ」

今後、極超音速兵器の発射を監視、追尾し、さらに迎撃するには「宇宙に配備するセンサーと高度な迎撃ミサイル技術が必要になる」

今年1月20日、米国でバイデン元副大統領が第46代大統領に就任した。著者は「バイデン米大統領が、米国及び日本を含む同盟国に対する極超音速ミサイルの脅威について、どう対処するのか。決断する時は迫っているのかもしれない」と本書を締めくくる。

本書の発行直後の2月3日、米ロ両政府は両国間に残っている唯一の核軍縮の枠組みである「新戦略核兵器削減条約(新START条約:2011年2月発効、21年2月に期限)」を5年間延長することで正式に合意したと発表した。しかし、この条約への参加を拒んだ中国の核弾頭保有数は今後、倍増する見通しだ。

今年1月22日には核兵器の保有・使用などを全面禁止する「核兵器禁止条約」がオーストラリアなど批准50カ国・地域で発効した。とはいえ、同条約に「20年末現在、参加していない米・中・ロ等の核保有国」を拘束するものではない。米国の“核の傘”に頼る日本も参加していない。「核兵器のない世界」はなお遠い。

国際協調に反する皮肉な構図

国際社会は今、コロナ禍という「見えない敵」との戦いに苦闘している。各国・地域は連携、協力すべきだが、その一方で「見えにくい極超音速ミサイル」の開発競争が激化している皮肉な構図を本書は活写している。本書は軍事に関心がある読者にとって読み応えがあるだけではない。幅広い読者に目を通してほしい。

著者、能勢伸之氏は1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。軍事・安全保障問題を国内外で長く取材してきた日本を代表する軍事ジャーナリストである。広島に原爆を投下したB-29爆撃機「エノラゲイ」(米国で保存)の内部に入って取材した経験もある。

主要国の戦車、艦船、航空機など各種装備に詳しく、世界の軍事情報にも通じている。著者は2020年8月31日以来、ニッポンドットコムでも執筆している。本書と併読することをお薦めしたい。

極超音速ミサイルが揺さぶる「恐怖の均衡」――日本のミサイル防衛を無力化する新型兵器

能勢 伸之(著)
発行:扶桑社
新書判:208ページ
価格:880円(税抜き)
発行日:2021年2月1日
ISBN:978-4-594-08718-0

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