【新刊紹介】カナダが100年後に謝罪したインド人移民排斥:秋田茂/細川道久共著『駒形丸事件』

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カナダのトルドー首相が2016年、1世紀前のバンクーバーで起きた「駒形丸事件」について謝罪表明を行った。インド人移民350人余の上陸が拒否されたアジア人移民排斥の史実を、本書は大英帝国やインド太平洋世界などグローバル(地球世界)ヒストリーの視点で描いている。

「世界で最も住みやすい都市」として、上位にランクされている港湾都市バンクーバー。ここで第一次世界大戦の開始直前の1914年、太平洋を横断した貨客船「駒形丸」のインド人乗客の大半が、船内に2カ月留め置かれ、移民の夢がかなわずに追い返される事件があった。

悲劇は続き、インドに戻った後、乗客は警察や軍との小競り合いから乱闘になり、20人が死亡、213人が逮捕された。このほか現地住民ら6人が死亡する大事件となった。事件は日本では知られてないが、駒形丸の名が示すように日本の会社の所有船で、乗組員は船長を含め43人全員が日本人だった。

本書がユニークなのは、事件が詳述されるのは半ばからで、第1章は南アフリカで弁護士活動をしていたマハトマ・ガンジーや、日英同盟の話などから始まる。世界の陸地の約4分の1を支配していた当時の大英帝国を理解するためだ。

インド人への差別に抗議していたガンジーは、「南アフリカにインド人がいるのは、大英帝国の臣民だからだ。好むと好まざるとにかかわらず、寛大に取り扱わられねばならない」と訴えた。また、インド人は帝国臣民として、大英帝国各地を自由に移動し、居住・労働できると主張していた。

同じ大英帝国の中でも、カナダは内政自治権を持っていた。大陸横断鉄道の建設が本格化した1880年代から中国移民が増加する。しかし、増えすぎると排斥され、代わりにインド人移民が登場した。だが、これも増えすぎて排斥運動が始まっている中で、駒形丸事件は起きた。

現地の日本人移民は安い賃金で勤勉に働くので、白人労働者の仕事を奪いかねないと警戒されたが、極端な排斥はなかった。日英同盟の効力がここで発揮する。カナダは宗主国イギリスへの配慮があったのだ。それでも、白人たちの暴動で中国人街に隣接した日本人街が襲われ、日本からの移民数は年間400人と制限された。

カナダは1世紀を経て、白人中心の「ホワイト・カナダ」から「多民族・多文化共存のカナダ」へと変容。その中で、駒形丸事件はカナダの恥ずべき過去として記憶され、事件100周年の記念切手も発行された。

本書は、大英帝国史研究で30年来の付き合いという、英国史とカナダ史が専門の大学教授による共著だ。

ちくま新書
発行日:2021年1月10日
270ページ
価格:860円(税別)
ISBN:978-4-480-07359-4

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