【書評】”作る“”食べる“が伝える世界の食卓:岡根谷実里著『世界の台所探検 料理から暮らしと台所が見える』

Books 文化 暮らし

地球の反対側の家では、どんな料理を作っているのだろう?60以上の国や地域を訪れ、一緒に料理をしてきた「台所探検家」である著者の記録は、世界の食卓の笑顔の記録でもある。パレスチナ、コロンビア、スーダン、インド……。さあ一緒に、世界の食の探検へ!

まず目を引いたのが、著者の肩書きだ。
「世界の台所探検家」。
聞きなれない響きに興味が湧く。なになに…?

“はじめに”には、
「世界各地の家庭の台所を訪れて、一緒に料理をさせてもらっています」
とある。

訪問するだけではなく、一緒に料理をする!?
ますます興味が出てくる。

目次を見ると、インドネシアやインドとやや身近なアジアに始まり、ヨーロッパはブルガリアやモルドバ。さらにコロンビアやキューバという中南米の国もあれば、ボツワナ、スーダンとアフリカの国々も出てくる。さらに中東のイスラエルやパレスチナとくると、そもそも何を食べているのかすら想像が難しい。

バックパックにサンダル姿で異国に飛び込み、普通の家の台所で一緒に料理をする。
そうそう誰にでもできることはないけれど、著者は軽やかに国境をまたぎ、大歓迎を受ける。

誰だっておいしいものが大好きだし、作ったら喜んで食べてほしい。
だから、食卓の周りには自然と笑顔が生まれていく。
本書にはそんな、幸せな光景が写真とともにたくさん詰まっている。

野草料理からチョコケーキまで

本当に世界は広い。

タイの少数民族アカ族の村の食卓には、野草がずらりと並ぶ。
セリに似た「ロチョ」、バナナのつぼみ「ンガペ」、「アニョ」と呼ばれる籐の仲間。アポ(おばあちゃん)の手にかかると、これらがおいしい料理に変身するというのだ。うーん、食べてみたい。

オーストリアのウィーンでは、チョコたっぷりのケーキ「レーリュッケン」を作る。
ケーキ名人のエリザベートおばあちゃん曰く、
「甘くなければケーキじゃないわ!そんなのだったら作らないでちょうだい」。

ふんわり焼けた半円型のチョコケーキの上に、さらに溶かしたチョコをたっぷりかけて完成するその手書きレシピは、エリザベートおばあちゃんのおばあちゃんから続くという、100年を越えて家庭に伝わる秘伝の味。

これまたよだれが湧いてくる。
レシピも載っているので、今度作ってみよう。
恐れずに砂糖をたっぷり入れて!

ほかにも、主食の豆や米は配給制という社会主義国キューバで愛されてきた家庭の味「フリホーレス」(黒インゲン豆のスープ)や、パレスチナで出会った、イスラム教で特別な日に食べる、とっておきのご馳走「牛やヤギの脳みそ料理」(!)など、ガイドブックでは知ることができないようなメニューが、食卓の光景と一緒に次々登場する。

添えられた写真からも、各国の食の文化が伝わってくる。

インドでは棚にずらりとスパイスの瓶が並び、コロンビアでは決して広いとはいえない家のど真ん中にどんっと食事用のテーブルが置かれている。
スーダンの家はなんと屋外にも台所があり、パレスチナの難民キャンプでは停電しても誰も動じることなく料理は続く。

カラフルなランチョンマットや、日本では見ないような調理器具。食器もそれぞれ違う。
三世代で台所に立つ姿もあれば、ひとりで3品、4品と次々に作っていくお母さんもいる。

もし日本の家庭が登場したら、いったい、どんなメニューが紹介されて、食卓の光景が映し出されるのだろう?

「お母さんの料理は世界一!」

文章と写真の相乗効果か、世界各地でわいわい賑やかに食卓を囲む家族たちの様子が映像となって浮かんでくる。

「お母さんの料理は世界で一番おいしいんだから!」と誇らしげな娘と、「彼女はマスターシェフなんだ」とおどける夫(コロンビア)。
絶品の鶏のオーブン料理を食べたあと、「うちで母さんの料理を食べた人はみんなパレスチナのイメージが変わったと言って帰っていくのさ」と嬉しそうな息子(パレスチナの難民キャンプ)。
「このココナッツオイルは自家製で、これで揚げるバナナは絶品なんだよ!」と、身振り手振りで伝えてくれるお母さん(インドネシア)。

言葉も文化も食材も違うけれど、「日々のごはん」の周りに漂う、暖かく賑やかな空気はどの国でも同じ。
自分の家の食事ほど、当たり前で貴重な幸せはないのかもしれない。

自分が小さいとき、実家の食卓ってどんな風だったろう?
友だちが遊びに来た時、母親のどの料理を食べてほしいと思っていたっけ。

そんな、懐かしい気持ちになる。

新型コロナウイルスの流行で外食が減り、家で食事をすることが増えているという。
うちもそうだ。
「ああ、毎日めんどくさい」と思うときもあるけれど、「おいしい!」の笑顔ですべては吹き飛んでしまう。作り手の気持ちは単純なのだ。

著者もあとがきにこう記している。
「どんな国のどんな環境に置かれた人とでも、ただ『おいしい!』という心からの一言でつながれる」

さあ、明日は何を作ろうか。

世界の台所探検 料理から暮らしと社会がみえる

岡根谷 実里(著)
発行:青幻社
A5判:192ページ
価格:2200円(税込み)
発行日:2020年12月18日
ISBN978-4-86152-820-0 C0026

書評 本・書籍 食卓 台所