【新刊紹介】妥協を許さない苦難の僧:佐藤賢一著『日蓮』

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今年は鎌倉仏教「日蓮宗」の開祖、日蓮の生誕800年。本作では、大地震や大雨の天変地異、疫病の流行、そして外国からの侵略などが重なり、未曾有の国難の時代に、権力者と戦い続け、元寇(げんこう)を予言した日蓮の苦難の日々が描かれている。

日蓮は鎌倉の辻説法などで、「全ての人間は、この娑婆(しゃば)に生きながらにして、仏になれる」と説く法華経に帰依するよう呼びかけた。同時に既成の宗派は国を亡ぼすと非難したので、激しく攻撃された。

日蓮の粗末な住まいに、三十歳過ぎと見られる出家姿の男が、直に説法を聞きたいと訪ねてくる。「謗法(ほうぼう=仏法をそしる)の人を禁止して正道の僧侶を重んじれば、国中は安穏となり天下は太平となるでしょう」と日蓮は持論を述べた。そして、「他国侵逼(しんぴつ)の難」、つまり外国に攻められることを予言する。

日蓮はこの客人が前の執権で、今も鎌倉幕府の最高権力者である北条時頼(最明寺入道)であることを見破った。この日の話を文書にまとめて時頼に届けたのが「立正安国論」である。

その後間もなく、日蓮は他宗の僧らにより、住まいを襲われ、焼かれた。また、他宗派の悪口を言った罪で伊豆に流された。足掛け3年で許され鎌倉に戻るが、助けてくれた時頼は間もなく亡くなる。日蓮に、まだ13歳の嫡男、時宗を頼むと言い残す。

日蓮の他宗派批判は止まらず、佐渡へ流罪となった。これも3年ほどで赦免となる。今度は、若き執権、時宗の指示だった。日蓮は文永11年(1274年)春に鎌倉に戻ると、若宮大路の御所に呼ばれた。すでに蒙古から服属を求める国書が送られていた幕府は、蒙古がいつ攻めてくるか、日蓮から聞きたかったのだ。

「蒙古襲来は年内」と日蓮は言い切った。幕府は蒙古調伏(ちょうぶく=敵の打倒)の祈祷を日蓮にお願いし、広大な家や田を寄進すると申し出た。諸宗が力を合わせて、と幕府は訴えるが、日蓮は「蒙古襲来を言い当てたのは、この日蓮ひとり。他宗が祈祷するかぎり断る」と押し通した。幕府をも敵に回した日蓮は鎌倉を出て、身延山に入る。間もなく、予言通りに蒙古襲来の知らせが届く――。

歴史小説で直木賞を受賞した著者の作だけに、妥協を許さない日蓮の人間像が巧みに描かれている。

新潮社
発行日:2021年2月16日
366ページ
価格:1980円(税込み)
ISBN:978-4-10-428004-9

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