【書評】対日強硬派が描く日本の近未来 :クライド・プレストウィツ著「2050日本復活」
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現在、三菱重工が航空事業で陥っている苦境からすると、この第1章の書き出しはブラックユーモアとしか思えない。そんなことは著者も承知で、日本がいかに危機を克服して世界最高水準の国家を築き上げたか、そのサクセスストーリーを読者に語り聞かせる。
あのクライド・プレストウィッツが、なぜ日本の成功を描いたのか、興味津々で本書を手に取った。「あの」と書いたのは、著者は1980年代後半から90年代前半、日本が貿易黒字をため込んでいた時代にジャパン・バッシャー(日本たたき論者)として、勇名をはせていたからだ。
本書が出版された2016年4月(英語版は15年4月)当時、日本は1990年代前半のバブル崩壊からの失われた20年を経て、多くの国難に直面していた。膨大な財政赤字、人口減少と少子高齢化、企業競争力の低下、若者の内向き志向と引きこもり、尖閣諸島をめぐる中国の挑発…。
〈どちらを向いても目を覆いたくなるような惨憺(さんたん)たる状況〉
〈要するに日本は死にかかっていたのだ〉
ここまでは事実に基づいた記述。果たして日本は、明治維新、戦後に続く3度目の再生を成し遂げられるのだろうか。ここから著者は大胆に想像の翼を広げ、日本の未来を紡ぎだす。
日本をよみがえらせるエンジンとなったのは、2017年5月に設置された「特命日本再生委員会」。第2の岩倉使節団に模せられた。外国人を含めあらゆる分野から人材を集めた横断的な組織で、政治、経済、社会、外交、軍事、文化などについて網羅的に改革の青写真を描き、その執行を監督する。提言は多岐にわたるが、その一例として、第4章「女性が日本を救う」を紹介しよう。
女性の就業率が上昇すると、経済成長率も上昇する。再生委は、日本の女性就業率が経済協力開発機構(OECD)の平均並みになれば4%、北欧平均並みで8%、日本の男性並みまで上がれば12.5%も国内総生産(GDP)が増加するという分析に着目。各国の制度や政策を調査するため、主要国に研究班を派遣する。
その調査を基に主に次のような提言をし、国会は法律を改正して政府は実行した。
▽12カ月の育児休暇中、給与100%の支払いを義務付ける
▽保育所の民営化を進める一方、放課後児童クラブを拡充する
▽主婦を優遇する配偶者控除を廃止する
▽2030年までに役員の半数を女性にするよう義務付ける
▽未婚の母や養子が後ろ指をさされないよう、戸籍制度を廃止、出生証明書制度に改める
▽人口に占める在日外国人の比率を2015年の2%から40年に6%に引き上げる
▽外国の看護師資格を日本でも有効とする
▽海外に採用事務所を開設し、優秀な人材を日本にリクルートする
これらの政策を実行した成果は目覚ましかった。日本の女性就業率は、世界最高水準の85%に達した。出生率は2015年の1.45から50年には2.3に上昇し、人口は1億4000万人に増えた。
〈2050年の日本はますます若々しく、強靭(きょうじん)な国へと成長を続けている〉
これ以外にも、プレストウィツは、エネルギーを完全に自給する、英語を事実上公用語化してバイリンガル国家になる、世界一の医療先進国になる、五輪でメダルを量産する、日韓の友好的な関係を築く、米国に加えインド・インドネシア・オーストラリアとの間で5カ国相互安全保障条約を締結する、といった日本の明るい未来を語る。それぞれに、多種多様な処方箋を示しているが、それは本書を読んでのお楽しみ。
さて、著者はなぜ本書の筆を執ったのだろう。結びに、こうある。
〈日本復活には、全世界の、そして特に米国の、きわめて大きな利害がかかっているのである〉
功利的な動機なのかと見えるが、通読すれば、そうとばかり言えないことが分かる。
プレストウィッツが初めて日本に「上陸」したのは、1965年2月5日。ホノルルから横浜まで6日間の海路だった。そこで彼が見た日本は、蛇口から湯は出ないし、セントラルヒーティングもオーブンもない貧しい国だった。
〈エコノミスト誌は日本の高度経済成長を絶賛していたが、23歳のアメリカ人の若造には、日本がそんなに発展した国には思えなかった〉
ただし、著者は日本を嫌いになったり侮ったりしたわけではなかった。風呂なしの狭いアパートに暮らした米国の青年にとって、寒い冬の銭湯通いも魅力的で刺激的な経験だったようだ。日本の文化や社会に対する敬愛の情も読み取れる。
その後、帰国した著者は米国の政府や企業で、世界を席巻した貿易大国・日本の市場開放に傾注するキャリアを歩む。その激しい交渉スタイルと発言から、メディアが付けた呼び名が前述した「ジャパン・バッシャー」だ。日本人の男の子を養子に迎えていた著者にとって、このレッテルは不本意である以上に中傷と言えるものだった。
一方で、著者は日本異質論者(リビジョニスト)であるとは、自認している。
〈日本がインチキしていたわけでも、米国が仕事をサボっていたわけでもない〉
〈両者はただ、違うゲームをしていただけなのだ〉
本書は、著者が青年の頃に触れた日本社会を原点にしている。そして、通商交渉における攻防を通じて得た日本に対する知識と経験をバックボーンに、日本復活の精緻なシナリオを提示したのだ。
現実的には、提言のほとんどは実行不可能だろう。例えば、憲法9条の全面改正・防衛費倍増と竹島の領有権放棄は、左右どちらからも猛反発の声が上がるのは必至だ。しかし、2021年の今も危機は厳然として目の前にある。処方箋を見出し得ない、あるいは処方箋は分かっていても実行できない日本という国を考える上で、本書が示唆するものは深い。
「2050近未来シミュレーション 日本復活」
クライド・プレストウィツ(著)、小野智子、村上博美(訳)
発行:東洋経済新報社
四六判:306ページ
価格:1760円(税込み)
発行日:2016年7月22日
ISBN: 978-4-492-39631-5
