【新刊紹介】エアコン世界一にした経営者が“衆議独裁”を説く:井上礼之著『人を知り、心を動かす リーダーの仕事を最高に面白くする方法』

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空調業界で世界トップ企業を率いてきた経営者によるリーダー論である。グローバル化とデジタル革命が加速するAI(人工知能)時代だからこそ、リーダーには今まで以上に膝を突き合わせての対話や「人間力」が求められると説く。

ダイキン工業は売上高2兆5千億円規模、150カ国以上で事業を展開し、グループ全体の従業員は8万人超、その8割が海外だ。社長・会長の在任期間が27年の著者、井上礼之(のりゆき)会長兼グローバルグループ代表執行役員(86)は積極的なM&A(合併・買収)で同社を世界一の空調メーカーに育て上げた。

名経営者として知られるが、会社人生は順風満帆ではなかった。1994年6月の社長就任時は「前年度が赤字決算という危機的な状況」だった。バブル経済が崩壊し、「失われた20年」に突入するという逆境の中、どのようなリーダーシップを発揮してきたのか。

「その時々で、私もリーダーとして悩み、迷い、考えが変わることもありました。ただし、私の中で変わらなかったことがあります。それは『メンバー一人ひとりの成長の総和が、組織の成長の基盤になる』との信念です」

その第一歩は「メンバー一人ひとりに関心を持ち、深く知ろうとすること」だという。性別や年齢だけでなく国籍も様々なグローバル企業でも同じこと。ダイバーシティ(多様化)、デジタルの時代こそ、リーダーは「face to face」で対話する機会を大切にすべきだと諭す。

リーダーに求められる役割は何といっても「成果を出し続けること」。そのためには「リーダーは褒めて、叱ってメンバーの心を動かさなければなりません」が持論だ。逆説的だが「厳しく叱るのは最大の優しさ」でもあるという。

成果を出すには「実行力」を高めなければならない。著者は独特の意思決定スタイルとして、単なるトップダウンではない“衆議独裁”を提唱する。企業が世界市場で火花を散らして競争している中で、決断のスピードが命取りともなりかねないからだ。「コロナ禍という未曽有の危機に直面」している昨今はなおさらだろう。

「実行計画を練るに当たって、役職、地位、立場を離れて、皆がフラットな立ち位置で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をします。意見を出し尽くして、お互いの考えを理解したところで、リーダーが最終決断を下す」。これが全員の納得性を得た衆議独裁だ。

「人を基軸におく経営」を基本理念とするダイキン工業にはもともと、コミュニケーションを重んじる企業文化がある。その象徴が毎年夏の「盆踊り大会」だ。

1971年当時、淀川製作所(大阪府摂津市)に勤務していた若き日の井上氏が中心となり、地元との信頼関係を築くことなどを目的に始まった。昨夏はコロナ禍で中止になったものの、半世紀の歴史を誇る。

評者は2011年8月26日と12年8月24日の2回参加したが、会場には巨大な櫓(やぐら)が建てられ、屋台店も並ぶ。地元住民と社員ら約2万人が浴衣姿で交流する地域ぐるみの一大イベントだ。

本書では盆踊り大会に直接触れていないが、大会は新入社員を含めた若手が企画・立案・運営をする。いわば井上流の社内道場だ。あえて難しい仕事を与えることを井上氏は本書で「修羅場に追い込む」と表現しているが、その一環かもしれない。

本書は「帝王学」の指南書ではない。いわゆるサラリーマン社長であった著者が自らの確固たる信念のもとで、実践してきたことを集大成した「リーダー学」の宝典といえる。

わかりやすい筆致で、めりはりが利いたリズム感ある口語体の文章はすっと腑に落ちる。企業の経営者や管理職はもとより、これからリーダーを目指す若い人たちにも読んでほしい。

プレジデント社
発行日:2021年4月3日
四六判:240ページ
価格:1870円(税込み)
ISBN: 978-4-8334-5177-2

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