【新刊紹介】「昭和史の語り部」が残したエッセイ:半藤一利著『人間であることをやめるな』

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今年1月に90歳で亡くなった作家で「昭和史の語り部」、半藤一利さんが雑誌に書いた記事や、講演をまとめたのが本書である。読後に、「戦争はいけない」と語っていた半藤さんの思いが感じられてくる。

半藤さんが亡くなる2年前に、おびただしい数の記事の切り抜きやコピーファイルを編集者に見せて、「本になるかな」と持ち掛けてきたという。その中から、坂本龍馬、『坂の上の雲』、石橋湛山、昭和天皇、宮崎駿監督に関する5編が収録されている。

自ら半藤さんが推したのが、明治日本を描いた『坂の上の雲』で、本書の半分を占める。作者、司馬遼太郎の技量をほめながらも、日露戦争でこの歴史小説と史実の違いを指摘する。

例えば、露バルチック艦隊がどこに現れるかについて。小説では東郷平八郎連合艦隊司令長官が「それは対馬海峡よ」と言い切り、「東郷が、世界の戦史に不動の位置を占めるにいたるのはこの一言によってであるかもしれない」とある。

だが、半藤さんが明かす史実は、東郷長官と幕僚たちはロシア艦隊の消息がつかめず、連合艦隊を北上させることにして、津軽海峡に向かう準備を整えていた。艦隊参謀長ら二人が反対して最終決定が1日延び、その間にロシア艦隊が東シナ海にいることがわかり、対馬沖海戦となる。

歴史は正しく残す

「日露戦後の海軍が神話的な歴史をこしらえて、海軍軍人のみならず、国民の頭に上手に刷り込んだ。戦勝美談の積み重ねが、せっかく先人が苦労してつくった大日本帝国をのちに滅ぼす要因になったことを思えば、やっぱり歴史は正しく綴って残したほうがよい」

司馬はこの作品を書き終えてエッセイに、「この戦争の科学的な解剖を怠り、むしろ隠蔽し、戦えば勝つという軍隊神話をつくりあげ、――もし日露戦争が終わった後、それを冷静に分析する国民的気分が存在していたならばその後の日本の歴史は変わっていたかもしれない」と書いた。半藤さんは「心から同感する」と記している。

戦闘機「ゼロ戦」の設計者らを描いたアニメ映画「風立ちぬ」の宮崎駿監督に関するエッセイには、半藤さんの遺言めいた記述がある。宮崎監督がこの映画で言おうとしていることを、半藤さんが解説するところだ。

「昭和戦前の人間がそうであったように、根源的な危機に直面していながら、今の日本も一直線に破滅への道を進んでいるのではないか。日本は今、荒々しく吹きまくる嵐のまっ只中にある。日本国そのものが大転換期、解体しつつある。

先行きは不安ばかり。日本人、特に若い人たちは、どう生きたらいいのか。明日に光明も持てない『行き止まり』であればあるほど、物事をきちんと考え、真面目に、自分のなすべきことを困りつつウンウンと唸ってやり続けながら、君たちは人間であることをやめないで生きなさい、(と宮崎監督は言っているのです)」

本書のタイトルはここから取られた。

講談社
発行日:2021年4月26日
四六変型153ページ
1430円(税込み)
ISBN:978-4-06-523552-2

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