【書評】“秘密”も内包しながら変遷:クレア・ウィルコックス著『西欧700年のバッグ史』

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ものを入れて持ち歩くバッグは実用品であり、ときに“秘密”も内包している。貨幣経済の変遷やその時代のファッションも象徴してきた。本書では英国の専門家が西欧のバッグを主題に中世からの歴史と奥深い物語を視覚に訴えながら講ずる。

100点以上のカラー図版が魅力

著者、クレア・ウィルコックス氏はロンドンにあるヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)の専門職員。彼女は20世紀と現代ファッションを担当する「シニア・キュレーター」である。大学教授も務めるなどファッションの専門家として知られている。

原書『Bags』は2017年、ロンドンで出版された。本書の魅力は豊富なカラー画像だ。V&Aの収蔵品を中心としたバッグ類のカラー写真は鮮やかで美しい。英国をはじめフランス、イタリア、スペインなどの著名ブランドの高級ハンドバッグも目で楽しめる。

カラー写真はハンドバッグだけでなく、16世紀の刺繍入り財布からポーチ(小物袋)、パース(教会用の財布)、レティキュール(引きひも付きの小物袋)、ポシェット(ストラップ付きの小型バッグ)、化粧バッグ、イブニング・バッグ、ショルダー・バッグ、リュックサック、トートバッグなど様々。今世紀まで各年代の逸品が掲載されている。図版は挿絵なども含めると、100点を超す。

ポケットの誕生とバッグの進化

「洋服にポケットが生み出される18世紀以前」、中世のヨーロッパでは公私ともに必要なものや財布は洋服の腰帯(girdle)にぶら下げたり、持ち歩いたりしていたという。男性はウエスト・ベルトにポーチを付けることもあったようだ。

しかし、「お金や貴重品を魅力的な袋に入れて体につけておくことはリスクを伴った。世界最古の『スリ(cutpurse=パース切りの意)』の記録のひとつは1362年に起きた事件」とされる。ルネサンスの時代、裁縫技術の発展で誕生したといわれるポケットは、実はスリ対策だったとの説もある。

「18世紀、ほとんどの女性のスカートはゆったりとしており、収容力のあるポケットが布のひだの中に隠されていた」。ところが、「18世紀後半の新古典主義的な、体にぴったりとフィットするスタイルは、ポケットの魅力を失わせ、なんらかの形の袋かレティキュールを持ち歩くことが不可欠となった」

女性はポケットを隠す余地のある幅広のスカートから、体のシルエットに沿った服装になったことで「17世紀後半から18世紀にかけて、ポケットはスカートから分離した」。その結果、女性は携行品を小物袋に収納するようになり、バッグの進化へとつながった。

一方、洋服にポケットがつくようになってから、男性は財布や貴重品、小物をポケットに入れる習慣が定着した。男性はブリーフケース(書類かばん)や旅行バッグは別として、ポーチなど小型バッグをあまり持ち歩かないようになったのである。

女性必携ハンドバッグの「中身」

「ハンドバッグ」という言葉は、最初は男性がよく持ち歩く手提げ袋のことを指していた――。

「しかし19世紀後半には金属製の留め具や、仕切られた内部、切符用ポケット、頑丈な持ち手など、革製旅行用バッグの実用的で様式的な要素から、20世紀のハンドバッグの前身となる女性用の新しいハンドバッグが着想された」

「ハンドバッグの歴史はそう古くはなく1880年代に初めて流通し始め、高級感を表すアクセサリーとして、身近な実用品として、表現力豊かな社交用のツールや工芸品として、あるいは、極めてファッショナブルなステータス・シンボルとして時代精神を正確に反映してきた」

女性の社会進出とともに、バッグの中身も時代ごとに移り変わる。18世紀後半から財布(小銭入れ)、化粧品、鍵、ハンカチーフ、日記、メモ帳、筆記具などが定番となった。20世紀に入り、エアコンが普及すると「扇ももう流行らなくなった」といった具合だ。

「1970年代以降は、電卓、携帯電話、ラップトップ・コンピュータ、さらに最近はタブレットなどの電子機器」がバッグの中に入り込んできた。クレジットカードやキャッシュカードのセキュリティ対策として、磁気記録情報を不正に読み取る「スキミング」防止の機能を備えた最新のバッグまで登場している。

著者は「バッグは女性にとって重要な必需品の入れものとして、その生活史とつながっている。ハンドバッグが内包するのはパーソナルな秘密のものだ」と指摘。そのうえで、こう付け加える。

「ハンドバッグには公とプライベートを結びつける性質がある。看板であると同時に、隠すためのものでもあるため、飾って見せびらかしながら、中に秘密をしまっておくことも可能なのだ」

両手を使えるメンズ・バッグも

20世紀を迎えると、両手が自由に使えるショルダー・バッグが一般的になったものの、「20世紀末になっても、ブリーフケース以外の形のバッグを携帯する男性を見るのは珍しいことだった」。ところが、男性セレブがファッショナブルなバッグなどを身に着けたことで、メンズ・バッグも注目されるようになった。

新しいスタイルのバッグは、多様な持ち歩き方ができるようストラップも工夫されている。例えば、ワンストラップ・リュックサックは「電話やテイクアウトしたコーヒーを持ち歩けるよう両手を空けておきたい」という現代人のニーズに的確に応えている。

21世紀、高級バッグは投資対象

19世紀、鉄道の発達で旅行ブームが起き、旅行バッグの需要が生まれた。フランスの「ルイ・ヴィトン」がキャンバス地で覆われた平積みしやすいトランクを開発したことはあまりにも有名だ。

やはり19世紀、パリで創業した「エルメス」。20世紀後半にはモナコ公妃、グレース・ケリーが持っていたバッグが由来の「ケリー」やイングランド出身の女優ジェーン・バーキンのためのバッグ「バーキン」で知られるようになった。

西欧の老舗ファッションブランドの高級バッグには、エピソードをまとった付加価値がある。21世紀、高級バッグの需要は「驚くべきスピードで加速し続けた」。バッグは今や、大手ファッション・ハウスの収益源にもなっている。

2010年代、「ハンドバッグはビッグビジネスであり続け、2015年6月にエルメスのバーキンバッグが香港のクリスティーズ・オークションで約2,000万円という記録的な価格で売れる」現象まで起きた。

「時には所有者にとっても大きなビジネスチャンスとなり、有力なコメンテーターが高級ハンドバッグの購入は金や株式よりも投資として安全かもしれないと指摘する程になっている」

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の昨今、ロンドンのV&Aまで足を運んでバッグの壮大なコレクションを鑑賞するのは難しい。だが、本書をめくっていけば、西欧のバッグの華麗な歴史を視覚的にたどれるだろう。

「西欧700年のバッグ史」

クレア・ウィルコックス(著)、エリザベス・カリー(協力)、和田 侑子(訳)
発行:ガイアブックス
A5変型判:160ページ
価格:4180円(税込み)
発行日:2021年6月1日
ISBN:978-4-86654-046-7

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