【新刊紹介】日本の経済安保戦略を問う:宮本雄二・伊集院敦、日本経済研究センター編著『米中分断の虚実』

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米国と中国は経済的に結びつきながら、対立している。本書は両大国のデカップリング(分断)について、各分野の専門家たちが実証的に分析しているのが特徴だ。米中のはざまの日本こそ、難しい経済安全保障戦略を問われていることがわかる。

本書の原本は、民間シンクタンクの草分け、日本経済研究センター(1963年12月設立)が今年3月末に発刊した「米中デカップリングとサプライチェーン」と題する横書きの報告書である。この報告書を縦書きにして「一般読者向けに再編集した」だけに、読み易くわかり易い。

報告書をまとめた研究会の座長は宮本雄二・宮本アジア研究所代表(元駐中国大使)。研究会には同センターの伊集院敦・首席研究員らをはじめ、東京、慶應義塾、東京都立、京都、早稲田など各大学の教授・大学院准教授、国際経済研究所研究部主席研究員、野村資本市場研究所北京首席代表ら外交安保や貿易、技術、通信、環境、保健、金融・証券など各方面の専門家総勢12人が名を連ねる。

「本書で私たちが示そうとしたのは、米中のデカップリングの実像と背景、今後の展望に関する分析であり、日本の対応を考えるうえでの基礎的な材料だ」。だからこそ、編著者の専門家たちはそれぞれの立場で技術覇権競争や金融、イノベーション、人的交流など様々な分野でのデカップリングを冷静かつ慎重に見極める姿勢を貫いている。

米中間の“新冷戦”が取り沙汰されるが、米ソの冷戦時代とは違って米中は世界第一、第二の経済大国同士。「今の米中は経済面で相互依存が進んでおり、切り離そうにも簡単に断ち切れない関係が二重、三重にできあがっている」のだ。

例えば、中国税関総署が7月13日に発表した貿易統計(ドル建て)によると、コロナ禍にもかかわらず4~6月の輸出入はともに過去最高を記録した。しかも輸出は最大の相手国である米国向けが前年同期比23%増になったほどだ。

「経済のグローバリゼーションは今後も続くが、安保と関係が深い分野は切り離されていくだろう」。中国の強硬な対外姿勢は「少なくとも2022年の共産党大会まで続く可能性は高い」。さらに「これからの10年、中国の軍事力は増強され続けると想定しておくべきだ」という。

しかし、「国際社会は、中国に変化の可能性があることを確信して、少なくとも日米欧は団結して中国に当たり、中国の誇りと面子に十分配慮した出口戦略を今から構想しておくべきである」とも提言する。

対立が激化する中で、気候変動や感染症対策は米中の協力が期待される分野だ。米国のトランプ前大統領はパリ協定から離脱したが、バイデン新大統領は今年2月に同協定に復帰した。米国は4月、首脳級の気候変動サミットをオンラインで開き、中国の習近平国家主席も参加した。

とはいえ本書では「むしろ米中は、気候変動をめぐって主導権争いをする可能性も否定できないのではないか」と指摘。感染症対策でも「今後も米中間では世界保健機関(WHO)改革、新型コロナ発生源調査、そしてワクチンをめぐる問題に関して、対立が継続することが予想される」との見通しを示す。

2021年版「防衛白書」が7月13日の閣議に報告され、白書に初めて「米国と中国の関係」と題する項目が登場した。「近年、両国の政治・経済・軍事にわたる競争が一層顕在化してきている」と記述、米中関係が日本の安全保障に重大な影響をもたらすと警鐘を鳴らした。その意味でも各分野の米中分断を深く分析した本書はタイムリーな出版といえるだろう。

日経BP 日本経済新聞出版本部
発行日:2021年6月7日
四六判:312ページ
価格:3080円(税込み)
ISBN:978-4-532-35892-1

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