【書評】習近平の中国とどう向き合っていくか:柯隆著『「ネオ・チャイナリスク」研究――ヘゲモニーなき世界の支配構造』

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7月1日に開催された中国共産党結党100周年式典の演説で、習近平国家主席は「中華民族の偉大な復興」という言葉を繰り返し、軍備増強、台湾統一など対外強硬路線の姿勢を鮮明にした。だが、中国がなりふり構わず強国の道を突き進んだ結果、新たなチャイナリスクが生じている――本書は、習政権が抱える内外の問題点を鋭く考察するものである。

 1980年代、「改革・開放」を唱える中国に進出した外国企業が、突然の中国共産党の政策変更で損害を被るということが頻繁に起こったが、このときによく使われた言葉が「チャイナリスク」であった。それでもこの頃はまだ、経済交流が続けば中国は民主化に進んでいくと期待されていたのだが・・・。
 著者は、こうした従来から使われている「チャイナリスク」という概念が、ここ数年のうちに大きく変わりつつある、すなわち「外国企業の視点で中国国内問題を見る」という観点から、「世界が中国の国際的な活動などをどう危険視しているのか」という意味合いも含めた幅広い捉え方が重要になっていると指摘する。
 こうした新しい捉え方に対応して、著者は今日の中国の内外にわたる問題点を考察していく。「ネオ・チャイナリスク」――これが本書の出発点である。

 1963年中国の南京で生まれた著者は、1988年に近代経済学を学ぶために来日、以来、日本で生活し、母国・中国の政治経済政策を研究対象にしている。本書では、習政権下で新たに生じつつあるリスクについて、中国国内と対外的なリスクとにわけて分析を進めていく。専門家でなくてもわかりやすいように解説されているので、非常に読みやすい。これは収穫だ。
 本稿では、本書の内容をかいつまんで紹介しておきたい。

富裕層は富の3分の1を支配

 まず、国内問題で最も懸念されるのは、所得格差の拡大である。
「開放・改革」政策は、1978年から始まったとされる。その結果、
〈公式統計では、1980年から2020年までの40年間、中国の一人あたりGDPは35倍も拡大したといわれる〉
 しかし、それですべての国民が潤ったわけではない。
〈北京大学の発表によると、中国の上位1%の富裕層は国全体の富の3分の1を支配しているといわれている。逆に、下位25%の低所得者層は国全体の富の1%しか所有していない〉
 それは何故か。富の分配は共産党幹部や国有企業の経営者、資本家に偏っていいるからだ。

  習近平国家主席は、就任早々、共産党幹部の不正腐敗に手をつけた。そこで追放された共産党幹部は、2013年(国家主席就任の年)から19年の7年間で、累計277万人(全党員の約3.1%)にのぼるという。
 しかし、それで特権階級の腐敗が一掃されたわけではない。幹部の追放は、政敵の追い落としであり、そこに新たに習近平につらなる幹部が取って替わっただけである。著者によれば、いまだに〈共産党幹部の子供の多くは米国やカナダなどへ移民し、巨額の金融資産を移民先の国と地域に持ちだしている〉という。

 本書では、共産党幹部にまつわる特権の数々を列挙していくが、それは建国以来、制度化されたものである。高給をもらいながら食費や医療費を国費で賄ってもらえる党の高級幹部。中国では人と人との「関係」が重視され、事業の口利きに口銭がついて回るのは当然のこととされている。
〈もはや個別の幹部個人のモラルの問題ではなく、現行の制度の問題といわざるをえない〉
 と、著者は断じるのである。 

海外サイトへのアクセスは違法行為

 富の偏在と特権階級の不正腐敗、そこから社会不安につながっている。〈結局のところ、格差の問題は特権階級を優遇した結果〉と著者は指摘するが、それでどういうことが起こっているか。人々の不満を抑えるために、勢い、言論の統制が強化されていく。

 メディアとインターネットに対する言論統制は強化され、個人の監視も徹底されている。当局はIT技術を駆使し、監視カメラをいたるところに設置すると同時に、個人の行動に眼を光らせている。
 ここは興味深い記述が続くので、少し長くなるが引用してみたい。

〈日本のマイナンバーカードの取得率は20%未満(2020年9月現在)といわれているが、中国では、ICチップが組み込まれている身分証明カード(ID)の取得率は100%に近い。中国人であれば、IDカードがなければ、飛行機や高速鉄道に乗ることができない。旅行や出張などでホテルに宿泊することもできない。銀行で口座を開設しようとするときも、IDカードの提示が求められる。監視カメラとIDカードに組み込まれている個人情報が随時に認証されている〉  

〈中国では、インターネット利用者は8億人を大きく超えているが、国内で使えるのは地場の検索エンジン「百度」のみであり、Googleを使えないうえ、海外の多くのサイトを閲覧することができない。世界のインターネットのなかで最も強力なファイアウォールは、中国が導入しているgreat wallであるといわれている。中国人の若者の一部はVPNをインストールしてgreat wallの制限を突破して、ツイッターやフェイスブックなどの海外サイトにアクセスしている。同時に、当局はそれに対する取り締まりも強化している。無断にVPNをインストールして海外のサイトにアクセスする行為は違法行為と認定されているため、それによって拘束された若者が多数いるといわれている〉 

 統制を強めた結果、どうなっているか。
〈これまでの40年間、中国経済は高く成長しているが、同時に社会不安も深刻化している。近年、国家財政予算の中で治安維持に充てる予算額は軍事予算よりも多いといわれている。〉
 2019年3月に開かれた全国人民代表大会で採択された予算案によれば、治安維持費は1兆3879億元にのぼり、同年の軍事予算1兆1900億元を上回っているのである。

「改革・開放」政策の終焉を象徴する出来事

〈中国の政治改革は1989年に起きた天安門事件がターニングポイントで、それ以降、改革は終わってしまった。〉
 と、著者は記す。その後、
〈鄧小平の後継者たち(江沢民と胡錦涛)は政治改革を回避しながら、経済発展を図った。習政権になってから、経済発展もできなくなった。結果的に、毛時代の計画経済に逆戻りしようとしているのである〉 
 それが新たなリスクを生み出している。

 中国の経済は順調に発展してきたかのように見える。実態はどうなのか。重厚長大産業は、依然として国有企業が独占している。
〈中国の民営企業はいわゆる隙間産業を中心に成長してきた。アリババ、テンセント、百度(baidu.com)などは、いずれも国有企業が参入していない分野に参入し、急成長を成し遂げた企業である〉

 これまで、こうした民営企業が経済成長を牽引してきたのだが、それが政権にとっては不安材料になっている。
〈習政権が最も心配しているのは、国有企業が弱体化していった場合、民営企業が中国経済の主役となり、それによって中国は社会主義ではなくなってしまうことである。だからこそ、習主席は繰り返して国有企業をより大きくより強く建設すると強調しているのだ〉
 そのために、ここへきて民営企業への統制を強めている。手始めに、
〈習政権が考案したのは、民営企業にも共産党支部を設立することで民営企業に対する監督・監視を強化することである〉 
 こうした統制は、企業の活力を削ぐものである。さらに、
〈EコマースのアリババグループとSNSサービスを提供するテンセントに対し、独占禁止法に違反したとして罰金刑を言い渡した。周知の事実として、中国で最も市場を独占しているのは中国石油や中国電信などの巨大な国有企業グループである〉
〈巨大民営企業の国有化は、資本の国有化ではなく、人事権の国有化から始まると思われる。だからこそ、アリババの創業者・馬雲(ジャック・マー)、テンセントの創業者・馬化謄は相次いで引退した。否、引退したというよりも、引退させられた。このことは「改革・開放」政策の終焉を象徴する出来事である〉

 著者の結論はこうだ。
〈中国経済が民営企業に牽引されている事実を無視して、国有企業を無理に押し上げる考えそのものが、中国経済を弱体化させる恐れがある〉 

「韜光養晦」から態度を豹変

 対外関係に眼を転じてみよう。
〈習政権は、政治改革や経済改革よりもさらに壮大な夢をみている。それは、毛(毛沢東国家主席)が実現できなかった、グローバル社会のリーダーになることである〉
 それが実現するかどうかはともかく、問題は、〈台頭してきた中国は既存の国際ルールに従うかどうか〉である。中国が、例えば東シナ海と南シナ海の実効支配などのように、自国に都合のよい新たなルールを持ち出してくるようになると、
〈それはグローバル社会の地殻変動、すなわちネオ・チャイナリスクを意味するものである。〉

 1979年、鄧小平副総理は初来日した際に、日本企業による中国への経済援助を期待し、尖閣問題を先送りした。これは鄧の「韜光養晦(とうこうようかい)」という考え方に基づいているという。「韜光養晦」とは、〈才能を隠し、時期を待つという意味〉である。
 著者によれば、この考え方に従えば、〈自分に実力がついたら豹変し、相手に致命的な一撃を与えることも辞さず、とも理解することができる〉という。
 それは杞憂ではなかった。いまや中国は、日本、米国に対して「韜光養晦」から態度を豹変させてしまったようである。

 ここで登場するのが、中国の「戦狼外交」と呼ばれる武力を背景とした高圧的な攻めの外交である。
 米中関係が、貿易摩擦など経済問題にとどまっているうちは解決の余地がある。しかし、〈バイデン政権が問題にしている人権侵害や民主主義などのイデオロギー問題は、中国の政治体制に直結するもので、中国としては引くに引けない問題であり、米国に「内政には外国は口出しするな」と応戦するしかない〉

 2021年2月10日、習近平国家主席はバイデン大統領との初の電話会談で、
「・・・新彊、香港、台湾問題は中国の内政問題であり、いかなる外国も干渉してはならない」と応戦した。
 7月1日の中国共産党結党100周年式典でも、「教師づらした偉そうな説教は受け入れない」「14億の中国人民が血と肉で築いた鋼の長城にぶつかり血を流すことになる」と対決姿勢を鮮明にしている。
 著者はこう書いている。
〈要するに、米中対立は貿易摩擦のような利益相反というレベルのものではなく、価値観のちがいにちなんだ文明の衝突ということである〉 

 習近平国家主席が、米国と対抗するための外交政策として提唱しているのが「一帯一路」構想である。要するに、
〈習政権外交の真髄は途上国を巻き込んで、先進国の内政干渉に反撃し、絶対に妥協しない姿勢を貫く戦法である〉 
 しかし、コロナ渦もあり、それほど成果はあがっていないという。
〈アフリカ諸国への援助、見返りとしてアフリカ票を味方につける国連外交以外の外交は、スムーズに行われているとは必ずしもいえない〉
 中国は孤立を深めている。詳しくは本書を参考にしてほしい。

毛沢東時代の申し子たち

 これから先、中国はどうなっていくのだろうか。
 習近平国家主席は、鄧小平が提唱した「小康生活」(そこそこ豊な生活)を2020年に実現したとして、次の目標として、2049年、中華人民共和国成立100周年の年に、中国を世界一の強国にすることを掲げている。しかし、
〈人民は経済成長の果実を享受できなくなれば、人心が急速に離れていく可能性が高い。これこそ習近平政権が直面する正念場であり、深刻なリスクである〉

〈習政権が直面する最も深刻な問題は、自らの正統性をいかに立証するかである〉そのために、〈習政権が日々奔走しているのは、習近平国家主席への個人崇拝を高めることである〉
 著者によれば、中国や香港の書店には、習近平の理論や思想を学ぶための書籍を並べるコーナーが特設されており、〈かつての毛沢東時代を彷彿とさせる〉という。著者はこう警鐘を鳴らすのだ。
〈中国のリベラル歴史学者たちは毛時代(1949-76)を中国歴史上最も暗黒な時代と指摘している。しかし、今日の中国国内で毛批判はタブーであり、これこそ中国社会に残された禍根である。毛時代のレガシー(遺産)を清算しなければ、中国は民主化する可能性がほとんどない〉 

 しかし、いまの習政権の主要メンバーは、「紅二代」(革命世代の二世)と呼ばれ、文化大革命(1966-76)のときに初等教育を受けていた。いわば毛沢東時代の申し子たちである。
〈当時の学校教育はほとんど廃止され、彼らが受けた基礎教育には、教養を蓄積する手段が悲惨なほど少なかった〉 

 こうした考察を踏まえて、著者は最後にこう結論を下している。
〈中国が民主化する道程は、気が遠くなるほど長い道のりになるだろう。少なくとも、毛の政治的遺伝子を受け継いだ元紅衛兵たちの引退を待たないといけない。その次の世代、あるいはさらに次の世代になって、専制政治の岩盤が少し緩む可能性が出てくるまでは、社会も政治も不安定な状況が続くだろう〉 

 そうであるならば、われわれは新たなチャイナリスクに長期間向き合っていかなければならない。どうすればよいか。本書が良き羅針盤となるであろう。

『「ネオ・チャイナリスク』研究――ヘゲモニーなき世界の支配構造』

柯隆(著)
発行:慶應義塾大学出版株式会社
四六版:339ページ
価格:2400円(税別)
発行日:2021年5月15日
ISBN:978-4-7664-2747-9

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