【新刊紹介】福島第一原発の処理水問題を考える:小島正美編著『みんなで考えるトリチウム水問題』

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4月13日、政府は福島第一原発で増え続ける処理水の海洋放出を決定した。そもそも、そうした施策は安全なものであるのか。処理水とはいかなるもので、トリチウムの人体への影響はどの程度のものなのか。福島の漁業への風評被害はどうすれば防ぐことができるのか。本書は、基本的な疑問を考える上で、かっこうの材料を提供してくれるであろう。

本書の第一章を読むと、まず処理水についての基礎知識が得られる。
福島第一原発では、原子炉内に溶け落ちた燃料デブリを冷却するためにたえず水をかけている。また破壊された原子炉建屋には雨水や地下水が流れ込む。こうした水には放射性物質が含まれている。それが汚染水だ。

増え続ける汚染水は、ALPS(アルプス)と呼ばれる多核種除去設備などによって、各種放射性物質を取り除かれ、タンクに貯蔵されている。これが処理水である。問題は、ALPSによって62種類ある放射性物質のうち、ストロンチウムやヨウ素などは国の放出基準濃度未満まで除去できるが、トリチウムは除去困難なため残っていることだ。

タンクの高さは3階建てのビルほどあり、1基あたり1億円かかっている。そして、震災から10年が経ち、タンクの数は1000基を超え、2022年には敷地内がタンクで満杯になると予想される。そのまま放置しておけば、本来の廃炉作業に支障が出ることになるので、処理水を放出しなければならない。どうすればよいか。ここからが処理水問題の核心部分である。

本書は、現役の科学部のベテラン新聞記者、科学ジャーナリスト、リスクコミュニケーションの専門家ら8人の識者が、「トリチウムの海洋放出問題について『私はこう考える』というテーマ」で執筆したものだが、各氏とも科学的な事実をもとに冷静かつ丁寧に論を進めていく。

米英仏など世界中で正常に稼働している原発では、原子炉内で使用した水は放射性物質を除去して再利用するが、一部余剰分としてトリチウムを含む処理水を放出基準濃度未満であることを確認し、日常的に海に放出している。国際的に認められた規制基準以下のトリチウムであれば人体に影響はないとされているからだ。

中国、韓国の原発も例外ではないが、中国などは、事故を起こした原発の燃料デブリに触れたトリチウムを含む処理水は、通常の処理水とは違うという理屈で日本政府の海洋放出を非難する。ほんとうにそうなのか。

トリチウムとはどういう種類の放射性物質であるのか。海洋放出で実際に健康被害は起こるのか。本書は一般向けに、わかりやすく解説してくれる。さらに風評被害はなぜ起こるのか。どうすれば風評被害を抑えることができるのか。政府と東電の説明は国民の耳に届いておらず、本書の提言は建設的である。

無知無関心であること、根拠のない感情論が風評被害をまねいている。われわれは処理水問題を正しく理解しておかなければならない。

(株)エネルギーフォーラム
発行日:2021年7月15日
四六版:243ページ
価格:1320円(税込み)
ISBN:978-4-88555-518-3

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