【新刊紹介】即興連続ツイートを書籍化:高橋源一郎著『「ことば」に殺される前に』

Books 社会

小説家で、ラジオ番組のパーソナリティーとしても人気の著者が、音楽家の即興演奏のように連続ツイートしたものを書籍化した珍しい作品が詰まっている。

「この本は、本来、生まれないはずの本だった。」

こんな奇妙な書き出しで始まる。本書の大半は10年ほど前、著者が始めたツイッターで流した「ことば」を集めた作品から成り立っている。

ツイッターは1回に140字しか書けない。著者はテーマを決めて、即興で次々書き綴っていった。例えば、8月15日のテーマは「戦争と正義と愛国」。38回連続ツイートして、まとめ上げている。

まず、『これからの「正義」の話をしよう』などで知られる米国の政治哲学者マイケル・サンデルを紹介。「自分の国が過去に犯した過ちを償うのは、国への忠誠を表明する一つの方法だ」という彼の言葉を引用する。

サンデルは国家における正義について、意外な人物をあげた。南北戦争で敗れた南軍の司令官、リー将軍だ。将軍はこの戦争が「大義のない」ことも、「必ず負ける」ことも熟知しながら、司令官を引き受けた。誤(あやま)てる祖国(故郷)は、全的敗北によってしか蘇らない。そのために徹底的に戦うことができるのは、狂信的愛国心で目がくらんだ軍人ではなく、自分だと考えた。

サンデルは戦争を肯定しているのではない。戦争という最悪の状況でも、正気で居続けることが正義の条件と言いたいのかもしれない。

著者自身は愛国心とは無縁だと感じてきた。だが、今は少し違う気がする。少しずつ老い衰えていくこの国が好きになりつつあるような気がする。ちょうど、リー将軍が「南部」諸州を眺めていた時のようにだ。

戦争に抗するには、自分の頭で考えるしかない。「正義」とは、この社会にあって「考え続ける」ことなのかもしれない、と著者は結んだ。

否定のことばで自分自身がむしばまれる

人間が生きる場所には全て「ことば」が存在している。「ことば」を作り、送り、届けている作家の著者はこう考える。

「ことば」は武器になる。人を殺すことができる。だが、そんな「ことば」と戦うことができるのは、やはり「ことば」だけなのだ。「ことば」によって相手を否定しようとする者は、やがて自らの、その否定の「ことば」によって、自身がむしばまれてゆくのである、と。

分断された今日の社会で、耳を傾けるべき著者の思いである。

河出新書
発行日:2021年5月30日
324ページ
価格:935円(税込み)
ISBN:978-4-309-63126-4

本・書籍 言葉 新刊紹介 分断