【新刊紹介】お寺は「日本を知る」最強のパワースポット:鵜飼秀徳著『お寺の日本地図』

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著者の鵜飼秀徳氏は、大学卒業後、「日経ビジネス」などで記者として働きながら、僧侶として寺務にも携わってきた異色の経歴の持ち主。現在は京都市右京区の正覚寺で住職を務める傍ら、「宗教と社会」をテーマに執筆活動を続けている。

私が鵜飼氏の存在を知ったのは5年ほど前。檀家減に悩む能登半島の複数の寺が、「観光」に着目して旅行業者や地元の鉄道会社と協業に乗り出した話を取材した際、一読を勧められたのが鵜飼氏の『寺院消滅』(日経BP社、2015年)。今後25年の間に、日本に存在する約7万7000の寺院の4割近くが消滅するという大胆な予測を、綿密な取材を通して示したもので、全国の寺院関係者にとって「衝撃の書」となった。

7万7000と一言で言ってもピンとこないかもしれない。だが、全国のコンビニエンスストアが約5万6000店、歯科診療所が約6万8000施設といえば、どれだけの規模かが分かる。言うなれば、寺は公益性の高いソーシャルキャピタル(社会的資本)なのだ。

日本の寺院は今、かつてない危機に瀕している。とりわけ地方では深刻で、少子高齢化や過疎化が檀家の減少につながり、寺の経営を直撃。7万7000の寺のうち1万5000以上が無住(住職がいない)という。一方、都会で働くビジネスパーソンにとっても寺は遠い存在となり、葬儀は無宗教で行い、墓も不要、散骨で十分という人が増えている。

こうした寺院の危機を発信し続けてきた鵜飼氏が新刊を出したというので、早速手に取ってみると、意外やキャッチコピーは「名刹古刹でめぐる47都道府県」。肩透かしを食った気持ちになったが、読み進むうちに単なるお寺ガイドではないことに気づいた。

本書のユニークなところは、「1都道府県につき1寺院」を選んで紹介していること。全国の古刹・名刹を紹介したガイド本や「巡礼本」は数多(あまた)あるが、名刹目白押しの京都・奈良であろうが、あえて1カ寺に絞り、まんべんなく全国の寺院を俯瞰している。

寺選びの基準となっているのは、①日本古来の宗教観を知るに十分の縁起(記録)を有していること②地域性をよく表した寺であること③日本仏教史のターニングポイントとなった寺院であること④地域文化やライフスタイルに影響を与えた寺院であること――など。つまり、お寺を通して県民性をも浮き彫りにし、「寺院とは何か」、さらには「日本人とは何か」を探ろうというものだ。

たとえば、京都府代表に選ばれたのは広隆寺(京都市右京区)。決め手となったのは、応仁の乱をはじめ幾多の戦火に巻き込まれ、多くの寺宝が失われた1000年の都にあって、国宝20点、国の重要文化財48点が現存していることだ。

仏像として国宝第一号の「弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしいぞう)」に、ドイツの哲学者カール・ヤスパースが「これほど完成され切った、人間の実存の理念を表現したものは見たことがない」と激賞した逸話や、京大の学生が“我を失って”頬ずりしようとして、仏像を破損したなどのエピソードが紹介されている。

鵜飼氏は、本書の執筆にあたり周辺取材も含め全部で200近くの寺を回ったという。新型コロナの感染拡大が続く中、荷物をマイカーに積んでの旅は、総延長距離1万4000キロに及んだ。これは東京・ケープタウン(南アフリカ)間とほぼ同距離だ。

かつて全国行脚しながら寺を開いていった行基の旅路をなぞるような心持ちだった、と振り返りながら、鵜飼氏はあとがきで読者にこう呼びかける。

とくに「ウィズコロナ」の時代において、むしろ寺の存在は光る。辛い境遇に立たされている人々の心を落ち着かせ、社会の安寧を保つ機能が寺だ。寺は日本人の原風景なのだ。日常に疲れたら、ぜひとも寺に足を向け、本尊に手を合わせてもらいたいと思う。

文藝春秋
発行日:2021年3月17日
新書判:320ページ
価格:1100円(税込み)
ISBN:978-4-16-661309-0

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