【新刊紹介】「スーパーウーマン」米副大統領のルーツとは:カマラ・ハリス著、藤田美菜子・安藤貴子訳『私たちの真実 アメリカン・ジャーニー』

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女性初、黒人初、そしてアジア系初となる米国副大統領、カマラ・ハリス氏の初の自伝が刊行された。子ども時代のエピソードから、地方検事、カリフォルニア州司法長官、上院議員時代の仕事ぶり、趣味や友人関係、恋愛までが率直に語られている。バイデン大統領からの信任も厚く、米国初の女性大統領の最有力者と称されるハリス氏。彼女の素顔を知ることは、日本人にとっても有意義である。

1964年、カリフォルニア州オークランド生まれ。ジャマイカ人の父とインド人の母を持つハリス氏は、移民の娘として米国社会の「多様性」を体現している。ただ、有色人種ではあるがエリート・知識階層に属しており、父はスタンフォード大学の経済学者、母も高名ながん研究者。二人はカリフォルニア大学バークレー校の大学院生時代に、公民権運動の活動を通じて出会った。両親に連れられ、ハリス氏は物心つく頃にはデモ行進に参加していた。

7歳の時に両親が離婚し、妹とともに母親に育てられた。「他の誰かが声を上げるのを待っていてはいけない」——自らの力で物事を実現させる精神を徹底して教え込んだのが、最愛の母シャマラ。本書のもう一人の主役は彼女であり、タイトルにある「私たち」とは、「シャマラと私」を意味する。

「自分が黒人の娘二人を育てていることを、母は十分に理解していた。マヤ(妹)と私を自信と誇りに満ちた黒人女性に育て上げてみせると心に決めていた」とハリス氏は述懐する。

司法の道を志したのは高校時代。法律こそが公平な社会の実現に役立つツールであり、貧者や弱者ら「声なき人」の声となって正義を実現したい、と考えた。「黒人のハーバード」と謳われるワシントンD.C.のハワード大学を卒業後、ロースクールを経て地方検事となる。

「われわれは誰もが過ちを犯し、中にはその過ちが犯罪レベルに達する。もちろん、結果と責任は引き受けなければならないが、社会に対する負債を払い終えたあとは、人生を取り戻すことを許すのが市民社会の証である」——これが法律家ハリス氏の信念だ。

ハリス氏が地方検事時代に考案した再犯防止プロジェクト「バック・オン・トラック」(社会復帰プログラム)は、職業訓練、高卒認定試験コース、地域奉仕活動、親としての責任や金銭感覚を身につける講座、薬物検査・治療、そして職探し支援を網羅したもの。あくまで法執行機関が実施するプログラムだから、新兵訓練に例えられるほど厳しい内容だが、修了者は犯罪記録が抹消される。

初犯の非暴力犯を対象に同プログラムをスタートしたところ、“卒業生”の2年後の再犯率は10%、同様の犯罪で有罪となった者の50%と比べると極めて低く、のちにオバマ政権下の司法省でモデルプログラムに選ばれる。

カリフォルニア州司法長官時代には、サブプライムローン問題を陣頭指揮。顧問弁護士を通さず、JPモルガン・チェースの会長兼CEOに電話してサシで交渉し、当初20億~40億ドルだった(被害者への)補償金を180億ドルまで増額させる辣腕ぶりを見せた。

まさに「スーパーウーマン」との形容詞がぴったりだが、本書では、ロースクールの同期たちが軒並み合格する中、司法試験に落ちて挫折感を味わった思い出も綴られている。また、地方検事に立候補した際、日本の政治家のような「ドブ板選挙」を繰り広げた逸話も。スーパーマーケットの入り口近くに、デスク代わりにアイロン台を設置。のぼり旗を立て、白黒のビラを配りながら買物客に訴えかける。これを一人でやり続けたという。

「人々に行動を促すきっかけにして欲しい、という思いから本書を書いた」と語るハリス氏は、最後に読者をこう鼓舞する。

愛国者とは、国家のすることならなんでも容認する人のことではない。国の理想のために、何があっても闘うことをやめない人のことだ。(中略)私たちが信じる理想と価値のために立ち上がってほしい。いまこそ、腕まくりをして気合いを入れるときだ。両手を挙げて降参するのは、いまではない。明日でもない。そんな日が来ることはない。

光文社
発売日:2021年6月16日
四六判:334ページ
価格:1980円(税込み)
ISBN:9784334962487

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