【新刊紹介】検察官の捜査手法を描いた迫真のデビュー作:直島翔著『転がる検事に苔むさず』

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本作は、今年の第3回警察小説大賞(小学館)を射止めた著者のデビュー作である。窓際に追いやられた有能な検事が、若い男の転落死の謎を解明していく一方で、検察内部の権力闘争もからみ、読者をグイグイ引っ張っていく。検察官の世界を迫真のリアリティで描いた、新聞社の現役記者による会心作だ。

主人公の久我周平は、東京区検察庁浅草分室に勤務している。かつては地検特捜部への異動が検討されたこともあったが、ある理由でエリート街道から外れ、いまは下町での事件処理に追われる日々だ。

ある日、鉄道の高架下で発見された遺体の現場検証に遭遇した久我は、懇意にしていた所轄署の刑事課長から捜査協力を頼まれる。転落死は自殺か他殺か決め手に欠ける。久我は、部下の生意気な新米女性検事と刑事志望の若き交番巡査とのタッグで事件の真相に迫っていくが、彼ら登場人物の造形がよくできている。

転落死した若者は中古車ディーラーの営業職で、勤務態度はまじめだったものの、次第にいくつもの疑惑が浮かび上がってくる。ペーパーカンパニーを通した高級輸入外車の怪しげな取引に手を染め、ロッカーからは麻薬が発見された。
ディーラーの社長と、ボクシングジムを経営する社長の兄、プロボクサー崩れのトレーナー、そして若者の謎めいた交際女性にも不審な点が多々ある。
やがて捜査は、1年前に発生した未解決事件、銀座の貴金属宝石店での5億円強奪事件に行き当たる。

ストーリー展開は抜群に面白く、ことに検察官の捜査手法の記述に惹きつけられた。久我はディーラーの社長を区検の庁舎に呼んで事情聴取する。

「捜査のための情報収集として、あなたに来てもらったのではありません。そこが警察の事情聴取とは大きく異なるところです・・・」

検事には、犯罪事実を認定して、裁判所に公判を請求する公訴権がある。

「もしあなたが何かを知っていたとして、ここで知らぬ存ぜぬを通せば、後日すべてが判明したとき、どうなるかを考えてください」

そして、事件の解明と並行して検察内部の派閥争いをからめている点が物語に深みを与えている。久我の捜査を妨害する同僚検事。何故、久我は浅草分室でくすぶっているのか。彼は、20日間の検事拘留をめいっぱい使って被疑者を自白に追い込んできた。かつての上司だった辣腕のヤメ検弁護士は言う。

「・・・きみが干されているのは、仕事をするからなんだよ・・・きみの能力を認めたり賞賛したりすれば、自分自身を否定することになる・・・そういう者にかぎって出世に執着心がある。だから、久我周平という検事は潜在的に敵になる・・・」
「私の居場所は検察にないということですか」
「はっきり言って、そうだ」

「裁判員を前に、検事が弁舌巧みにショーマンシップを発揮しないと有罪が取れないご時世はどうかと思うけど・・・」

自らも検察社会に嫌気がさして辞めた、この辣腕弁護士のセリフはおおいに気になるところだ。久我は、どういう道を選択するのか――。

小学館
発行日:2021年9月1日
四六版:316ページ
価格:1760円(税込み)
ISBN:978-4-09-386617-0

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