【新刊紹介】二・二六事件と、中国の西安事件の軍事法廷ミステリー:浅田次郎著『兵諫(へいかん)』

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1936年(昭和11年)2月に起きた日本の二・二六事件と、中国の「国共合作」に結びつく西安事件(同年12月)。両国の運命を変えた二つの兵乱はどうつながっていたのか。事件を裁く中国の軍事法廷で、忠臣が命を懸けた証言を続ける。実にスケールの大きい浅田作品である。

書名の『兵諫』とは、中国の遠い昔、主君の行いを忠臣が剣をとって諫(いさ)めた故事に由来し、兵を挙げて主(あるじ)の過ちをいさめること。

日本の陸軍青年将校らが起こしたクーデター未遂事件の「二・二六」。中国の国民政府最高指導者で共産党嫌いの蔣介石に、軍閥のリーダー故・張作霖の長男張学良が反旗を翻し、蒋介石を監禁して共産党との内戦を止め、挙国一致の抗日を要求した西安事件。これらの事件は兵諫だったのかが、本書の主題になる。

プロローグは米国マンハッタンから。後に西安事件の真相に迫るニューヨーク・タイムズ記者ターナーが中国特派員に決まり、慣例によって清朝末期に殉職した先輩記者の墓参りをする。このことが後に、真相解明の手掛かりになる。

ストーリーの展開は早く、次はいきなり東京の陸軍刑務所内となり、二・二六事件の死刑囚と、陸軍歩兵大尉・志津邦陽との面会場面になる。志津は事件の首謀者らと士官学校の同期で、死刑囚に「諸君らの行動は反乱にあらず。兵諫である」と告げる。

上海特務機関員だった志津は、西安事件の発生直後、ターナーと日本人記者とともに、国民党政府のある戒厳令下の南京で事件の真相を探っていく。「蒋介石は生きているのか」も不明だった。

圧巻は、蔣介石が生還した後、張学良の忠臣で、「事件はすべて自分が実行した」と出頭してきた陳一豆を裁く国民政府の軍事法廷の場面だ。裁判官らは張学良による事件だと決めつけるが、陳は「私が張学良の名をかたって軍を動かした。罰を乞(こ)う」と、自ら死刑を口にする。

即決で陳に死刑判決がくだり、彼は速やかに処刑された。これで張学良は、翌日の裁判で死刑を免れることになるが、ここに謎がある。

張学良は、西安事件後、蒋介石に捕らえられ、裁かれ、殺されると承知しながらなぜ南京にやってきたのか。陳の裁判を傍聴したターナー記者は、理解できず、一人で悩む。すると、かつて中国赴任前に墓参りした先輩記者が亡霊で現れ “真相”を語ってくれる。張学良が日本のクーデター(二・二六)に触発されたこと、蒋介石が兵諫を受け入れて国策を変えたことを。

筆者は先輩記者が現れたところで、本書が歴史書ではなく、小説であることに気付いた。あまりにも描写がリアルでうまいので、すべて史実が書かれていると思い込んでいた。

本書は中国を舞台とした歴史小説「蒼穹の昴(そうきゅうのすばる)」シリーズの第6作だが、独立した作品として読んでも十分に歴史ロマンを味わえる。

講談社
発行日:2021年7月12日
280ページ
価格:1760円(税込み)
ISBN:978-4-06-523049-7

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