【書評】「命の水」をめぐる女神たちの物語:フレッド・ミニック著『ウイスキー・ウーマン』

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アイリッシュ、スコッチ、バーボンなど琥珀色の蒸留酒、ウイスキーの歴史には女性が深くかかわってきた。彼女たちは酒税、戦争、禁酒法などの試練を乗り越えた。本書は「命の水」とも呼ばれるウイスキーをめぐる“女神”たちの物語である。

メソポタミアのビールが起源か

ウイスキーは大麦、トウモロコシ、ライ麦など穀物をすり潰して発酵させ、それを蒸留して造る。中世ヨーロッパの女性たちはあらゆるものを蒸留し、蒸留酒はラテン語で「アクアヴィタエ(命の水)」と呼ばれた。ウイスキーもそのひとつとなった。

著者は「ウイスキーという語は、1500年代には使われていたが、1800年代まではそれほど一般的な言葉ではなかった」と指摘する。ウイスキーがいつ、どこで誕生したのかは必ずしも明確ではない。著者は12世紀には登場していたという仮説を紹介する。

1172年、イングランドの兵士たちがアイルランドに侵攻したとき、かれらはゲール語で「命の水」を意味する、ウヰスゲ・ベアサと呼ばれるアイルランドのアルコール飲料を発見した。(中略)12世紀の記録に残るこのウヰスゲ・ベアサとは、ほぼ間違いなくウイスキーのことであろう。

「命の水」はゲール語で音声学的には「イスケバハ」と発音される。しかし、イングランド人はこの発音ができなかったため、新しい単語「ウイスキー」が生まれた――。著者はこうした語源説を取っている。

ウイスキーの製法はアイルランドからスコットランドに伝わり、移民を通じてアメリカやカナダへも伝播していったとされている。「ウイスキーはアイルランドとアメリカでは“Whiskey”と綴られるが、スコットランドとカナダでは“Whisky”となる」。アイリッシュ・ウイスキーの起源については諸説あるが、著者は「依然として謎に包まれたままである」としている。

本書によると、ウイスキーが蒸留された時代に約4000年も先立ち、人類最古の文明ともいわれるメソポタミア(ユーラシア大陸西南部)で、シュメール人の女性がビールを発明した。エジプトの女性もビールを造り、紀元前3世紀頃に「アレンビック(蒸留器)」を考案したという。著者は「ウイスキーのもとになる発酵がシュメールとエジプトの女性によってもたらされた」と結論づけている。

錬金術、魔女狩り、密造の歴史

発酵した穀物に熱を加えて沸騰させると、アルコールと水が分離する。そのアルコールを冷やして濃縮すると、スピリットの澄んだ雫となる。

これがスピリット(蒸留酒の総称)を造るプロセスだ。蒸留の技術は錬金術師によって開発された。「1世紀から3世紀にかけて、アレキサンドリアのエジプト人女性たちは錬金術を用いていた。それがやがて、蒸留酒を造り出す蒸留器の製造へとつながった。(中略)女性たちはキリストが死んで間もない頃に、ウイスキーの初期の形態を作り出していたといえるかもしれない」のである。

中世のヨーロッパでは蒸留酒アクアヴィタエを造る女性は「魔女と結びつけられた」。魔女狩り旋風が吹き荒れ、「1500年から1660年にかけてヨーロッパでは、歴史家が見積もるところ5万人から8万人が魔女の疑いで殺された」という。著者は次のように推測する。

魔女のレッテルを貼られることを恐れて、アクアヴィタエを造る女性たちは秘密裏に製造するようになった。(中略)人目を忍びながら、薬として認められた治療用の蒸留酒を細々と造り続けた。1617年から1669年にかけて、64人の女性がロンドンに薬局を構えて医療目的で蒸留酒を造っていた。彼女たちは頻繁にビールを蒸留していたことから、相当な確率で知らず知らずのうちに熟成されていないウイスキーを造っていたはずである。

不屈の女性が育んだアイリッシュ

「初期のアイリッシュ・ウイスキーの製法はたいてい、最低2回の蒸留を行った。今日の標準的なアイリッシュ・ウイスキーの製法では、3回の蒸留を行う」。原酒は木製の樽(たる)で熟成させる。このアイリッシュ・ウイスキーを育んできたのは、不屈のアイルランド女性たちだったという。

「エメラルド・アイランド(緑の島)」と呼ばれるアイルランドは12世紀にイングランドに攻められ、1800年には大英帝国の支配下に置かれた。カトリック教徒が多いアイルランドは宗教的な対立もあって、何世紀にもわたって英国の圧政に苦しむ歴史を刻んできた。

大麦麦芽(モルト)にも課税されたが、アイルランドの女性たちは生活のために蒸留酒の密造を続け、イングランドから派遣された徴税人と対決することも辞さなかった。アイリッシュ・ウイスキー蒸留所の経営者になった女性も少なくない。

イングランド王ジェームズ1世は1608年、アイルランド北部のアントリム州の領主に蒸留免許を与えた。これがアイリッシュ・ウイスキーの著名ブランド「ブッシュミルズ」の原点だ。この地に立つオールド・ブッシュミルズ蒸留所は現存する最古の蒸留所のひとつといわれる。

この北アイルランドの一蒸留所を世界的企業に変身させるのに貢献したのが、1865年に蒸留所オーナーの未亡人となったエレン・ジェーンである。「エレンは蒸留所に電気を引きいれ、伝統的な手法に固執する古老陣と戦った」。彼女は今日の企業の最高経営責任者(CEO)に相当する地位を占めていた。

スコッチはいかに熟成されたか

ウイスキーの代名詞ともいえる「スコッチ」の歴史は少なくとも15世紀末にさかのぼる。本書によると、スコットランドのウイスキーに関する最古の文献は、1494年の財務省の帳簿だという。

16世紀以降、国としてのウイスキー製造方針や酒税が事細かく決まっていった。製造・販売が許されたのはジェントルマン階級など一部に限られた。だが、実態は違法蒸留が盛んだったらしい。

スコットランドは1707年にイングランドと合併し、連合王国となった。ウイスキーへの課税などによって「多くの蒸留業者を地下に潜らせ、スコットランド全土に敵となる存在、徴税人をもたらした」。違法蒸留業者と徴税人のいたちごっこが続く密造時代、スコッチ・ウイスキーが独特の進化を遂げたというのが通説だ。

スコットランドでは豊富にあるピート(泥炭)を燃料とする麦芽乾燥が始まった。「ウイスキー業者は窯のなかでピートの火で大麦を乾燥させた。この工程で、スコッチ・ウイスキーに独特のスモークと強烈な匂いがつく」。さらに蒸留した原酒を隠すため、キャスク(酒樽)にシェリー樽などを使ったところ、樽に寝かせることで芳醇で深みのある熟成が進み、魅惑的な色彩になるという副産物も生んだ。

本書ではスコッチ業界で当時、活躍した女性たちの姿を活写している。ジョン・ウォーカーが創業した「ジョニーウォーカー」は世界一のウイスキーブランドとして知られるが、その大量生産の基礎を築いたのは1894年に死去する直前まで蒸留所を切り盛りしたエリザベス・カミングだった。

エリザベスは業界で輝いていた女性だったが、当時蒸留所を経営していたのは彼女だけではなかった。「ダルモア、グレンタレット、オード、それにストロムネスといった蒸留所は1800年代、すべて女性によって操業されていた」、「マーガレットとフローラのマクドゥーガル姉妹は、1853年にアードベッグ蒸留所を兄から引き継いだ」といった具合だ。女性経営者らはスコッチの熟成にも貢献していたのである。

アメリカ女性の禁酒法との闘い

アメリカの代表的なウイスキーは、独特のフレーバーがある「バーボン」。トウモロコシを主原料とし、蒸留した後、内面を焼き焦がしたホワイトオークの樽で熟成させる。ケンタッキー州バーボン郡が発祥の地という説もある。

アメリカ合衆国の初代大統領にジョージ・ワシントンが就任したのは1789年。建国の父、ワシントン大統領は「アメリカ最初の蒸留業者と呼ばれている」と著者は記す。ところが、実際にはアメリカ独立前からスコットランドやアイルランドからの移民がウイスキー造りを開始しており、多くの女性も蒸留業に携わっていたのである。アルコール度の高い蒸留酒は消毒薬ともなることから、南北戦争など独立後の戦争でも医療用の必需品だった。

アメリカでは1920-33年に禁酒法が施行された。酒類の製造、販売、運搬、輸出入が禁じられたのである。アル・カポネが暗躍したことで知られるが、この時代、酒の密造、密売、密輸など“三密”の主役はむしろ女性だった。本書は16章のうち実に7章をアメリカ篇に割いており、禁酒法時代の個性的な女性たちが次々に出てくる。

「バハマの女王」の異名をとったガートル―ド・クレオ・リスゴーは、ウイスキーの密輸で名を馳せた。イングランド人の父、スコットランド人の母を持つリスゴーはオハイオ州出身。ニューヨークでスコッチ・ウイスキーの会社に勤めた後、カリブ海に浮かぶバハマの首都ナッソーで酒の卸売り免許を取得したが、密輸にも手を染めたという。

「世界でもっとも美しいと評判の酒の密売人」は1925年、禁酒法に違反したとの容疑で逮捕された。しかし、リスゴーは「無罪放免を勝ち取った」。彼女の人生は謎に包まれた部分も多いが、独身で数百万ドルの資産があったともいわれている。

ポーリン・モートン・セービンはアメリカの裕福な家庭に育ち、J・P・モルガンの社長夫人だった。「34歳で女性参政権を求めて政治の世界に足を踏み入れ、1921年には全国女性共和党クラブを創設した」。当初は禁酒法を支持していたものの、すぐに心変わりし同法は密輸人を利し、貴重な酒税収入を妨げていると主張し、廃止に追い込んだ。著者は次のように評価する。

歴史家たちは、セービンを禁酒法の廃止に寄与したもっとも重要な人物だと認めている。

ウイスキー史を彩る才女や女傑

本書は古代から、現代までウイスキーにまつわる女性たちの群像を人間臭く描いている労作だ。著者は1978年生まれのアメリカ人作家で、従軍ジャーナリスト、『ニューヨーク・タイムズ』記者などを務めた経験もあるだけに、取材力は半端ではない。

アメリカ各地だけでなく、アイルランド、スコットランドにも足を運んだ。関係者に直接インタビューし、自ら写真を撮影したケースも少なくない。国立博物館や公文書館などでも膨大な文献を渉猟した。蒸留所の経営者、密売人、マスター・ブレンダー、バーテンダー、ウイスキー・ソムリエなど本書に実名で登場する女性は150人ほどを数える。

信念を持つ傑出した女性たちのストーリー、人生模様はどれも興味深い。とりわけ「ラフロイグの才女」と題するエリザベス・リーチ・ベシー・ウイリアムソンの生涯はドラマのようで、一読の価値がある。

スコットランドの西海岸沖に位置するアイラ島は今や、スコッチの聖地ともいわれる。島内にはボウモア、ラガヴーリン、アードベッグなどの蒸留所が軒を連ね、ピートの香りが利いたスモーキーな「シングルモルト・ウイスキー」の故郷として有名だ。

ウイリアムソンは1961-64年にアメリカ全土を旅して、シングルモルト・ウイスキーを売り込み、その存在を世界に知らしめた功労者である。スコッチは従来、個性の強いモルト・ウイスキーと軽やかなグレン・ウイスキーをブレンドしたブレンディッド・ウイスキーが主流だったが、彼女はシングルモルトという新分野を世に送り出したのだ。

ウイリアムソンはグラスゴー大学の卒業生。1930年代、休暇でアイラ島を訪れた。たまたま地元紙で目にした求人広告でラフロイグ蒸留所に速記タイピストとして採用され、その後、正社員となった。第二次世界大戦中、男性社員の多くが徴兵に駆り出されたが、彼女は機転を利かせて蒸留所を守り抜き、経営者にまで登り詰めた。

1982年に他界した彼女はアイラ・ウイスキーのいわば女神であり、慈母のような人柄でもあったようだ。著者は次のように綴っている。

ウイリアムソンの遺産は、彼女の遺志により、ホームレスに着るものを与え、飢えた人に施しをし、失業者を雇用するために使われた。彼女の博愛に勝るものなどほかにはなかった。彼女はラフロイグを軍の接収から救い、アメリカにおけるシングルモルトの地位を確立した。ラフロイグのボトルにはすべて、ベシー・ウイリアムソンへの賛辞が記されている。

女性名を冠したウイスキー登場

「褐色のスピリットは、一般には男性の飲み物と考えられがちであるが、ビールと醸造の創造に多大な貢献をし、ウイスキーの販路を切り開き、法を破ってウイスキーを運搬し、現在の有名なブランドを育て上げ継承してきた女性の存在がなければ、ウイスキーは存在していないだろう」。こう総括した著者自身こそ、本書の取材・執筆を経て女性への敬意を一段と強くしたに違いない。

原書『Whiskey Women: The Untold Story of How Women Saved Bourbon, Scotch, and Irish Whiskey』が出版されたのは2013年10月1日。それから8年――。ウイスキーの歴史に新しいページが加わっている。

本書には「もっともよく売れているウイスキーブランドの大半は、男性の名前にちなんだものである。ジャックダニエルズ・テネシー・ウイスキー、ジムビーム・バーボン、それにジョニーウォーカー・ブレンディッド・スコッチ・ウイスキーがそれぞれの部門のトップである。果たして、女性の名前を冠したブランドは誕生するのであろうか」と書かれていた。

原書出版から5年後の2018年3月、ジョニーウォーカーの女性版「ジェーンウォーカー」がデビューした。ボトルにはシルクハットを被って闊歩する女性の姿が描かれている。ウイスキーの世界が常に進歩している象徴のようにも映る。

ウイスキー業界にも大きな地殻変動が起きた。サントリーホールディングス(HD)が2014年1月、アメリカの蒸留酒大手ビーム(現ビームサントリー)を総額160億ドル(約1兆6千億円)で買収すると発表したのだ。この結果、サントリーHDは世界の蒸留酒メーカー・ランキングで10位から一気に3位に浮上した。

サントリーHDは山崎、白州、響、角瓶などのウイスキーブランドを擁しているが、買収で新たにバーボンのジムビーム、メーカーズマーク、ノブ クリーク、スコッチのティーチャーズ、ラフロイグ、ボウモアなど世界的ブランドを掌握した。世界のウイスキー地図は塗り替えられつつある。スコットランド・アイルランド・アメリカ・カナダ・日本が主生産国の「5大ウイスキー」時代を迎えているのだ。

秋の夜長、グラスを傾けながら本書を紐解き、ウイスキーの未来を想像してみるのも一興かもしれない。

「ウイスキー・ウーマン――バーボン、スコッチ、アイリッシュ・ウイスキーと女性たちの知られざる歴史」

フレッド・ミニック(著)
浜本 隆三、藤原 崇(訳)
発行:明石書店
四六判:312ページ
価格:2970円(税込み)
発行日:2021年8月20日
ISBN:978-4-7503-5242-8

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