【書評】米国が対中関与を諦めた論理:佐橋亮著『米中対立 アメリカの戦略転換と分断される世界』

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米国と中国。二つの超大国がいま厳しい対立局面にある。米国の対中観はなぜここまで悪化してしまったのか。米国の政策決定に精通した気鋭の研究者が、米国が中国を信じられなくなった経緯と論理を、精緻な筆致で描き出す。

米中が対立する時代に

良い悪いはともかく、国際政治を二分する米国と中国が対立する時代に、いま私たちは生きている。かつては中国と「ウイン・ウイン」の共存関係を築こうした米国が、どうして戦略的競争・対立へと逆方向に舵を切ったのか。その決定の裏にある米国の「論理」を探り出す作業は、「新冷戦」という嵐に巻き込まれた我々の大切な羅針盤を作ることになる。

本書は、1979年の米中国交正常化以後のおよそ40年間にわたる米中関係をターゲットとして、米国の対中政策の変貌を検証する内容だ。ニクソン訪中、クリントン政権やオバマ政権の米中接近、トランプ政権からバイデン政権での米中対立。本書を読んだ人は、ワシントンの揺らぎが、我々にどれほど大きな影響を与えるのか、改めて突きつけられる思いになるだろう。

「成長した中国」への期待

社会主義・一党独裁の中国は、自由・民主を標榜する米国と根本的に政治体制を異にしている国であり、戦後を通してその関係性は基本的に変わっていない。それなのに、冷戦期の最中の1970年代から、「ソ連」という共通の敵をテコに、米中の接近が始まり、1979年に国交正常化が行われ、1898年の天安門事件を経ても米国の対中関与政策は本質的に揺らがなかった。

そこには「支援を与えて中国が成長したとしても、近い将来にアメリカに追いつくことはあり得ないという感覚があった」と作者は指摘する。本来ならば対中警戒感の強いはずの共和党政権ですら、楽観論を崩さなかった。「成長した中国」をアメリカの利益につなげていくことが可能だという議論が説得力を持っていたためで「中国は市場化によって変わる」との期待があったという。

結果的に、中国は国際社会に迎えられ、予想を超えた発展を遂げていく。本書にあるように、今日の中国の経済成長、発展、科学技術の先進性の多くは、この間に行われたアメリカからの支援に助けられたものだ。

習近平の登場と広がる失望

変化は2010年以降に訪れる。当初は対中関係重視を掲げたオバマ政権とその周辺は、2012年に最高指導者となった習近平のリーダーシップが開明的なものになると予想した。ところが、2014年に差し掛かったころから失望が広がっていく。引き金は、社会統制の強化やマルクス主義を讃えるような世論統制、「中国の夢」や「中華民族の偉大なる復興」などに象徴される愛国・強国路線への傾斜であった。

「中国国内の人権問題、サイバー攻撃、南シナ海と問題は多岐にわたり、中国政府のあり方そのものに問題の根源があるとの認識が強まっていた」と作者が述べるように、中国への関与の成果を否定する現実を米国は突きつけられ、中国の「変化」への楽観が悲観に変わっていったのである。

トランプ大統領の4年間から、バイデン新政権になっても、そのトレンドは変わっていない。いま米中間では「封じ込め」や「包囲網」「デカップリング」など勇ましい言葉が飛び交い、「新冷戦」の度合いは強まっている。

台湾問題に投影される米中関係

中国側が用いる言い方を借りれば、台湾問題は米中関係において「最も重要で、最も敏感な核心的問題」ということになる。中国がこだわるものは「一つの中国」という原則である。一方、米国は、台湾独立は支持しないが、台湾への防御性の武器売却などは継続しつつ、台湾問題の平和的解決を双方に呼びかけるスタンスだ。それは、台湾海峡を挟んで、中国と台湾の分裂の現状維持を米国が望んだからだった。

ただ、米国の対中政策の揺らぎに台湾が振り回される局面も多い。民進党・陳水扁政権に対する米ブッシュ政権の過剰なほどのバッシングは、台湾社会に米国から見捨てられるという恐怖を生み出し、対中融和を掲げた国民党・馬英九総統の誕生の原動力になり、その後の猛烈な対中傾斜を生み出した。

2012年の総統選挙で民進党候補の蔡英文に懐疑を隠さなかった米国だが、対中観が悪化した後の2016年には手のひらを返したように蔡英文への高い評価を見せた。実際のところ、蔡英文の中国に対する主張や姿勢はこの4年間でほとんど変わっていなかった。変わったのは米国だった。

「望まない方向に進む中国大陸」に比べて、「台湾が安定を阻害すると考えられた過去は、今や遠い昔となった」という作者の見解は、いま急激に接近する米台関係に対する明快な説明になっている。

日本が考えるべきこと

現在の米国を突き動かしているのは、対中関与が中国という「怪物」を生み出してしまったという「反省」に基づくところが大きい。

それは、かつて日中友好に邁進した日本が米国よりも数年早く到達した境地でもあるだろう。日本世論の対中警戒感は米国よりも先に悪化が進んでおり、悲観論は、政界・学界・メディアのコミュニティーに根強く形成されている。今回の自民党総裁選における高市早苗候補の支持拡大と河野太郎候補の失速の背後にも、険悪化した日本人の対中観が一定の影響を与えていた。

ただ、対中強硬一辺倒で通せるほど、日本の隣で急速に台頭する中国のパワーが小さいものではないのも現実である。

米国も中国も、背後に対決する相手をにらみながら、その間にある日本への期待度を高めており、日本の戦略的価値は相対的に向上した。作者が述べるように、今ほど日本の戦略的対応が国際秩序の命運を左右する時代はない。自由と民主の価値観を崩さず、強固な日米同盟を確保しながら、中国への前向きな変革を促す働きかけができる位置を常に探っていく。そうしたデリケートな舵取りの努力が必要になることを、本書は結論として私たちに呼びかけている。

「米中対立 アメリカの戦略転換と分断される世界」

佐橋亮(著)
発行:中央公論社
新書判:308ページ
価格:1034円(税込み)
発行日:2021年7月19日
ISBN: 978-4121026507

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