【書評】コロナ後の「平和」が鍵:山口有次・戸崎肇編著『観光・レジャーによるアジアの地域振興』

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新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)のあおりで、海外旅行は激減した。国際観光は、平和で自由に往来できる環境が不可欠だ。本書はアジアの観光・レジャー産業を分析するとともに、コロナ後の再生策を提言している。

アジアの多様性と観光の意義

アジアの観光・レジャー産業を多岐にわたって論じた本書はユニークな構成だ。編著者2名と著書6名の計8名で1章ずつ担当。うち7名は桜美林大学ビジネスマネジメント学群の教授や准教授で、ベトナムと中国の出身者2名が含まれている。もう1人の著者シャグダルスレン・ズーナイ氏も学者であり、弁護士(モンゴル)だ。

本書はいわゆる学術書ではない。図表も多く、読みやすい。「観光」をキーワードにしたアジア経済の理解に役立つ内容となっている。観光業界で働きたいと思っている人たちには必読の一冊だろう。

アジアは“多様性”に満ちている。各国・地域の自然環境、歴史性、言語、宗教などは、欧州連合(EU)と比較しても多様だ。本書は、アジアを舞台とした観光・レジャー産業が「いかに平和の構築、そして経済・社会の発展にとって重要であるか」を様々な視点から説く。

先ずは、全8章の目次と著者(敬称略)を列挙しよう。

第1章 アジアにおける観光の重要性と日本の観光戦略=戸崎 肇
第2章 アジア近隣諸国の観光・レジャー活動の現状と国際交流の活発化=山口 有次
第3章 東アジア地域経済統合とワンアジア=ド・マン・ホーン
第4章 中国旅行業の発展の特徴と日本旅行=董 光哲
第5章 日本のコンテンツ産業と中国のアニメ配信ビジネス=下島 康史
第6章 モンゴルの観光産業の現状と観光振興のための景観保全=シャグダルスレン・ズーナイ
第7章 東アジアの観光流動の特徴とコロナ禍から学ぶ国際観光振興=渡邉 康洋
第8章 サービス・エンカウンターとこれからのホスピタリティ・ビジネス=五十嵐 元一

観光は「平和、衛生、自由」が前提

そもそも「観光」とは何か。本書は第7章で、著者の渡邉康洋教授がこう定義している。

①商業的なサービスなどを受けて(購入して)、②日常の空間を離れ、③楽しむことが目的の行為、とすることができる。商業的なサービスとは、切符を買って乗車する交通機関や入場料を支払って入る遊園地や宿泊料や食事代金を支払う旅館、ホテルやレストランなどを指す。

上記の3条件に合致する行為が「観光」というわけだ。旅行者になるには「経済力や旅行に費やす時間の余裕などがなければならない」。さらに観光地に関する「情報」も必要だとし、次のように指摘する。

これらの要素は、「平和」、「衛生」、「自由」の基礎的要素が確保されていることが前提である。戦時には楽しみを求める行為である観光は許されないであろうし、世界の国のなかには、いまだに国民が国外へ旅行することが許可されない国もある。そして、「衛生」は、コロナ禍の現在、その影響の強烈さを知ることとなった。

日本は「観光先進国」になれるか

コロナ禍は国境をまたぐ人の往来を事実上停止させた。海外旅行に与えたショックの大きさは、各種統計に如実に表れている。

日本政府観光局(JNTO)が10月20日に発表した統計によると、2021年9月の訪日外国人旅行者数は1万7700人で、前年同月比では29.3%増となったものの、コロナ禍前の19年同月比では99.2%減と極端に少ない。半面、9月の出国日本人数は5万2400人で、前年同月比65.8%増、19年同月比では97.0%減となった。

日本政府はかねて「観光」を成長戦略の目玉と位置づけていた。海外から日本を訪れる観光客を意味する「インバウンド」の取り込みを狙ったものだ。

安倍晋三首相時代、「観光先進国」に向けて訪日外国人旅行者数を2020年に4000万人、2030年には6000万人とする目標を掲げた。19年の訪日数は3188万2049人に達した。しかし、コロナ禍で東京オリンピック・パラリンピックは延期となり、20年の訪日数は411万5828人と先の目標の1割程度にとどまったのである。

本書では第1章で、編著者の戸崎肇教授が2018年ころから観光立国化は「すでに異変が生じていた」と解き明かしている。18年9月の北海道での最大震度7の地震やその後の九州や各地での集中豪雨などの大規模自然災害の頻発、日韓関係の悪化による人流の停滞などもあって、20年4000万人の目標そのものが「次第に疑問視されるようになり、大手旅行会社もその可能性を明示的に否定するところとなっていった」経緯がある。

それと並行して、「オーバーツーリズム」問題も懸念されるようになった。「あまりにも多くのインバウンド観光者が一時に殺到したことで、各地の観光地で人があふれ、自然・文化環境にマイナスの影響を与えるとともに、その地域に住む人々の日常生活に支障をきたすような事態が生じることとなった」からだ。

インバウンド、おもてなし再考を

戸崎教授は本書で、日本は未曽有のコロナ禍の経験とオーバーツーリズムを教訓に「今後のインバウンド観光客誘致政策はいくつかの方向転換が目指されるべきである」と提唱している。

一つは「数」を追い求める観光政策からの脱却である。(中略)場合によっては数を制限し、あるいは来訪者に対して相当の入域料を課すことによって、観光客の数を適正な水準になるようコントロールしていかなければならない。

富裕者層により重点を置いたマーケティングも行っていくべきであろう。(中略)宿泊施設についても、富裕層が滞在するのに適したものが日本には決定的に不足している。

日本の「ホスピタリティ(おもてなし)」文化も、外国人から見て最善なものかを再考すべきだと訴える。ホスピタリティの努力が対価に結びつくようにすることが肝要だという。

十分な対価を求めることで、観光業界の収益性が高まれば、優秀な人材が集まり、それがさらに優れた収益向上のための施策を生み出していくことで、さらに収益性が高まる、という好循環構造が生まれることになる。

「大旅行時代」の中国の行方は

国連世界観光機関(UNWTO)の2019年の「外国人旅行者受入数ランキング」で、1位はフランス(8932万人)、2位はスペイン(8351万人)、3位は米国(7926万人)と続く。4位が中国(6573万人)で、8位はタイ(3992万人)、日本(3188万人)は12位だ。

一方で、中国は海外に出ていくアウトバウンドを含めて「大旅行時代」を迎えている。UNWTOの2019年の「海外旅行者数ランキング」で、中国(1億5463万人)は群を抜いて1位。2位のドイツ(1億854万人)、3位の英国(9309万人)、4位の米国(9256万人)などを大きく引き離している。日本(2008万人)は14位で、アジアでは中国、韓国、インドに次ぐ。

中国の旅行業は1978年末からの「改革・開放」政策で花開いた。本書では第4章で、著者の董光哲(トウ・コウテツ)准教授が「『改革・開放』の初期段階では、外貨獲得を目的とした外国人による中国旅行を優先的・積極的に推進し、次第に中国国内旅行、海外旅行を発展させてきた」と概観している。

とりわけ中国の国内旅行は激増している。本書によると、2019年の国内旅行客数は1995年の約9.5倍の延べ60億600万人、国内旅行客1人当たり消費額は95年の約4.3倍の944.7人民元に拡大した。コロナ禍の直前、中国は「世界最大の国内旅行市場」となっていたのだ。

「日中韓」の交流に歴史の足かせ

東アジアの隣国同士である日本、中国、韓国――。本書の第7章では、この3国間の相互訪問者数について調べている。日本と韓国は2019年、中国は18年の当該国のデータをもとに著者、渡邉康洋教授が作成した相互訪問の三角関係は次の通りだ。

日本→中国=269万人 中国→日本=959万人
日本→韓国=327万人 韓国→日本=558万人
中国→韓国=602万人 韓国→中国=419万人

渡邉教授は「日韓間、日中間の訪問者数はアンバランスである」と断じる。

先進国を中心に構成する経済協力開発機構(OECD)は最近の報告書で、主要加盟国の観光統計をまとめている。渡邉教授はOECDのデータをもとに主要国の隣国渡航者率(全出国者に占める隣国への旅行者の比率)を推計した。

例えば、米国は隣国カナダ・メキシコ2カ国への渡航者率が54.9%だった。隣国渡航者率はこのほか、ニュージーランドが46.7%、フランスが42.2%などと続き、ドイツでも36.5%と主要国では低くても30%台後半だった。

日本では一時、中国人観光客の「爆買い」が話題になったが、日中韓は「世界の主要国と比べて隣国への旅行者が少ない」のが実態だ。2019年の隣国2カ国への渡航者率は中国が19.5%、日本が29.8%、韓国でも34.9%にとどまった。

日中関係、日韓関係は主に歴史認識を発端とした外交問題が繰り返し発生している。こうした外交上の緊張が人的交流を左右するとの仮説がある。渡邉教授は次のように総括している。

日中韓は地理的な関係からも観光交流が拡大するポテンシャルがあると想定されるものの観光をしようとする者の目的地決定に外交問題が影響を与え、結果として足かせになって伸び悩んでいる状況であると考えることができる。

日中韓3カ国の間には自由貿易協定(FTA)構想があり、交渉が断続的に続いている。本書の第3章では、著者のド・マン・ホーン教授が日中韓FTA構想の行方について「残念なことに経済以外の歴史、文化、政治などのさまざまな要因により、(中略)現実は先のみえない状態にある」と記述している。

日本の若者よ もっと海外旅行を

新型コロナのパンデミックに見舞われる前、国際観光客は年間14億人を超えていた。UNWTOによると、2020年の国際観光客は前年比10億7200万人減の3億9400万人に落ち込んだ。

世界全体の国内総生産(GDP)の1割強が旅行・観光業で占められていたが、20年は約5.5%に半減したといわれる。

日本経済研究センターが10月20日に公表した試算によると、20年の日本を含むアジア15カ国・地域の経済全体の損失は名目GDP換算で約1.7兆ドル(約180兆円)にのぼった。5.7%のGDPがコロナ危機で失われた形で、「観光業などサービス産業が大きな打撃を受けている」という。

アジアでの観光・レジャー産業の再生は今後、大きな課題となる。もちろん、コロナ禍の早期終息が前提条件だが、果たして日本はどう貢献できるのだろうか。

本書の第2章で、編著者の山口有次教授(学群長)はアジア各国の観光・レジャー活動について考察している。日本生産性本部発刊『レジャー白書』のデータと、同様の独自調査に基づき、モンゴル・韓国・中国・ベトナムと日本との比較を紹介し、こう結論づける。

アジア近隣諸国および東南アジアの一部の国の都心においては、日本より活発な観光・レジャー活動が行われており、潜在需要も大きいことがわかった。

山口教授は「平和で生活難・疫病などの心配のない社会情勢となれば、アジア地域あるいは世界各国において観光・レジャー活動は発展し、それをつうじた国際交流が活発化することは間違いない」とも予測している。

日本は植民地支配や日中戦争、第二次世界大戦などで中国、韓国、北朝鮮、東南アジア諸国などとの歴史的相克がある。アジア諸国との民間交流は、相互理解や信頼構築にもつながる。ところが、日本では最近、海外に行きたいという若者が減っているという。

戸崎教授は本書で「日本から海外に出ていく『アウトバウンド』、特に若者の数を増やしていくことにも従来以上に積極的に取り組まなければならない」と訴えている。まさに至言である。

「観光・レジャーによるアジアの地域振興」

山口 有次・戸崎 肇(編著)
発行:芦書房
四六判:196ページ
価格:1980円(税込み)
発行日:2021年10月15日
ISBN:978-4-7556-1319-7

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