【書評】自分は大丈夫と言い切れますか?:NHKスペシャル取材班著『NHKスペシャル ルポ 中高年ひきこもり 親亡き後の現実』

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ひきこもり続けて命を落とした人は、2019年だけで72人。そのほか、支援の手がようやく届いて間一髪で救われた人もいれば、自身の境遇を悲観して、安楽死を望む人もいる。ひきこもる人と支える親が高齢化する現代日本の課題「8050問題」を取材したルポルタージュ。

もしかしたら私も…

読み終えて、頭から離れない言葉があった。

もしかしたら、私もひきこもっていたかもしれないって考えますね。今の社会では、誰もが仕事を失い、家庭を失い、家族を失い、孤立するリスクを背負っていると感じるんです。

千葉県茂原市の自立相談支援機関に勤め、ひきこもりの人たちの支援活動に従事している社会福祉士の言葉だ。

いやいや、私は大丈夫。

そう否定しきれない気持ちが、自分のなかにもある。

今の自分があるのは、すべてたまたま。

自分の現在地は偶然と幸運が積み重なっただけで、どこかで何かひとつ違う選択をしていたら、まったく別の人生があったのではないか。

本書に出てくる10組を超える親子を知れば知るほど、そう感じて呼吸が浅くなる。

もしかしたら、自宅で年老いた両親と暮らし、何十年も外へと通じる扉を閉ざし続けていたかもしれない。そして親を喪(うしな)って収入が断たれ、どうしたらよいのかわからず、食べるものもなく、やせ衰えて死を待っていたかもしれない。

人が生きる意味とは、どういうことなんだろう。

働いていない負い目

本書はいわゆる「8050問題」(80代=高齢の親が、50代=中年のひきこもりの子どもを支えているという社会問題)がテーマ。親が亡くなったことで生活が困窮して残された子どもが死に直面したり、親の死後も遺体を放置して罪に問われたりするなど、「ひきこもり」が長期化するなかで増えてきた社会問題を取り上げたNHKスペシャル『ある、ひきこもりの死 扉の向こうの家族』(2020年11月放送)の取材がベースになっている。

彼らに共通するのは、支援の手を拒み続けてきたこと。

自分で病院を探して、健康を回復して、仕事に就きたいと思います。

やせ衰えた体を心配した市役所の職員の誘いをこう言って断った56歳の男性は、それからほどなくして、自宅に溜まったごみに埋もれるように亡くなっているのが見つかった。生活を支えた父親の死から10年が経った頃だった。

もし助けてと言ったとしても、本当に助けてくれるかわからない。(中略)働いていない負い目が強くて、そう思ってしまう……。

同居する86歳の父親の遺体を半年以上放置した54歳の男性は、若い頃は調理師としていくつかの職場で働いていたものの長続きせず、以来20年以上、職には就いていなかった。今でいう、ブラックな職場だったり、パワハラめいた対応をされたことも原因だったようだ。

支援を申し出る行政に対し、親が「大丈夫」と断るケースも少なくない。

うちは大丈夫です。自分たちで何とかしますから。

15年以上自室にひきこもる45歳の男性と暮らす、70代の母親はそう言って息子を病院に連れていこうとはしない。

日本には昔から「働かざるもの食うべからず」という表現がある。

ちゃんと働いて収入を得て、はじめて一人前。

それができないのは、恥ずかしいこと。

できない人を支えるのは、社会ではなく家族であるべき。

「働かざるもの食うべからず」の言葉には、こんな価値観が埋め込まれているように思う。

この本を読んでいるあなたもまた、その価値観を心のうちに持っているのではないですか?

本書はそう問いかけてくるようだ。

キーワードはお節介

8050問題のもう一つの課題は、支援の手が必要な人に届かないという制度上のミスマッチだ。

ひきこもりの場合、本人や家族が自分からSOSを出さない限り、行政や民間の支援団体にできることはほとんどない。放っておけば死が近いことが明らかなほどにやせ細った人も、受け答えがマトモで本人が「大丈夫」と言う限り、強制的に病院に連れていくことはできないという現実がある。

どう見ても助けが必要な人が目の前にいるのに、助けることができない。

その苦しさを、全国の「ひきこもり相談窓口」の支援員たちは口にする。

気にかけ、何度も訪問していた人が亡くなってしまったという辛い経験を持つ人も多い。

「最近あの人見かけないよねえ」

昔はよく聞いたそんなお節介が、実は命を救っていたこともあっただろう。

いまは制度が整えられた分、できることとできないことがはっきりと線引きされ、線の「こちら側」から一生懸命手を差し伸べても、空を切ることが多いように見える。

「この手をつかんで」とどれほど叫んでも頼んでも、扉の向こうにはなかなか届かない虚しさ。

2010年ごろから可視化されてきた8050問題は、10年が経った今、9060問題ともいわれるようになった。本当に有効な手段は何なのか、答えを出すまで残された時間がほとんど残されていないことは明らかだ。

この問題は、もはや家族では背負いきれないし、隠しきれない。

命を救うために、何ができるのか。

そして人は、何のために生まれてくるのか。

深い問いが心に残る。

『NHKスペシャル  ルポ  中高年ひきこもり  親亡き後の現実』

NHKスペシャル取材班(著)
発行:宝島社
新書判:304ページ
価格:968円(税込み)
発行日:2021年11月10日
ISBN:978-4-299-01548-8

書評 本・書籍 孤独死 8050問題 ひきこもり 自立支援 9060問題