【新刊紹介】日本最大のチャイナタウン誕生の秘密を解き明かす:山下清海著『横浜中華街 世界に誇るチャイナタウンの地理・歴史』

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世界中のチャイナタウンを調べている著者の山下清海(きよみ)・立正大学教授は、学生時代から横浜中華街に通い続けた経験を持つ。チャイナタウン研究の第一人者とされる山下氏が、これまでのフィールドワークの成果と史料を駆使しながら、横浜中華街をめぐる様々な「謎」に挑んでいくところが読みどころだ。

横浜の港町や山下公園、外国人墓地を見て回った後、ランチやディナーは中華街で中華料理を、というのが定番の横浜観光の流れだ。横浜中華街には知名度の高い老舗や行列店も多く、一度訪れても、また来たくなる懐の深さも兼ね備えている。

読者もよくご存知のように、日本には三つの中華街がある。横浜中華街、神戸南京町、長崎新地だ。そのなかでも横浜中華街の存在感、規模、賑わいは圧倒的である。

あまりに有名であるがゆえに、かえって多くの説明が省かれてしまい、実は、私たちは横浜中華街について知っているようで知らないことが多い。

本書によれば、横浜中華街は、もともとペリー来航にともなう開港で設けられた外国人向けの居留地が始まりだという。戦後にはそこに闇市が広がり、次に外国人バー街となり、1972年の日中国交正常化を経て中国が身近になると、バブル期以降のグルメブームが重なって横浜を代表する観光地に成長したという。

その横浜中華街を、山下氏は「ブラタモリ」のように歩きまわる。そのなかで多くの「事実」を発見する。そこから歴史を探り、中華街誕生の秘密を解き明かしていく。

本書の魅力の一つは、横浜中華街を相対的な視点で解体・解説しているところにある。世界には、およそ100のチャイナタウンがあるという。横浜中華街は確かに規模では日本最大だが、ニューヨークやサンフランシスコのチャイナタウンに比べると、そこまでの大きさはない。では、どこがユニークなのか。その一つは、来訪者のほとんどが日本人である点にあるという。意外だが、言われてみると、確かにその通りだ。

世界のチャイナタウンの大半は「中国人が中国人のために作った街」である。店舗で売られるモノや提供されるサービスは、基本的に華僑・華人のために用意されている。池袋に形成された新華僑のチャイナタウンも基本的にその範疇に入るだろう。

裸一貫で海外に渡った人々が、「三把刀(刃物を使った三つの仕事)」と呼ばれる「料理・理髪・裁縫」の技術によって、小さな店からスタートするのも、現地華僑向けのビジネスが基本にある。チャイナタウンのレストランのメニューなども、中国語と現地語の併記になっている。しかし、日本人客が大半を占める横浜中華街のメニューで中国語はあまり見かけない。

それだけに、横浜中華街と地元の日本人社会とのつながりは深い。

「世界のチャイナタウンの中で、横浜中華街ほど現地社会の人ひとに愛されてきたチャイナタウンはほかにはない」と筆者は断言する。

横浜中華街も変化からは逃れられない。老華僑と呼ばれる戦前からの移民第一世代やその第二代はすでに第一線から退きつつあり、1980年代以降の中国の対外開放のなかで日本にやってきた留学生や移民たちの新華僑も進出してきている。一方で、いわゆる食べ放題の料理を出すタイプも店が増え、中華街全体の味のレベルは落ち気味のようにも感じられる。賑わいと質の維持は、悩ましい問題である。

横浜中華街には、いわゆる中国派・台湾派の対立が激しかった時期があった。現地でフィールドワークを重ねるなか、山下氏は「あなたは何派だ?」と問いただされる場面もあったという。山下氏自身も、中華人民共和国と中華民国の両方の建国記念日が重なる10月に、どちらの国旗が中華料理店などで数多く掲揚されているかを調べていたくだりも本書では紹介されている。

近年は、横浜中華街でも世代交代が進み、かつてのような対立意識も希薄になり、中国派・台湾派の双方の協力で中華街のまちづくりが行われている。「横浜中華街に台湾海峡はない」という山下氏の願いに、現実もようやく近づきつつあるようだ。

『横浜中華街 世界に誇るチャイナタウンの地理・歴史』

発行:筑摩書房
発行日:2021年12月15日
292ページ
価格:1870円(税込み)
ISBN: 978-4-480-01742-0

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