【書評】「最も年の離れた友人」との対話:丹羽宇一郎・藤井聡太『考えて、考えて、考える』

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伊藤忠商事を長年率い、中国大使も務めた丹羽宇一郎氏。14歳で最年少棋士となり、5年であっという間に四冠を獲得した藤井聡太。この二人、実は友人関係なのだという。人生観から恋愛までを語った63歳差の対談は、エネルギッシュで刺激に満ちている。

世の中に藤井聡太(現四冠)の名前が広く知られるほんの少し前、14歳だった彼を取材したことがある。

将棋のことはまったくわからない私が、その頃一緒に仕事をしていたのがある将棋ライターで(将棋とは関係ないテーマだった)、ランチのときに、たまたま前の夜に新聞で見かけた最年少棋士誕生のニュースを話題にしたのがきっかけだった。

羽生さんより強いかもしれない

「そういえば、藤井くんって羽生さんより強いんですか?」

最強棋士=羽生善治、という素人のイメージに基づいた安直な質問は、「いやあ、さすがにそれはないですよ」という答えを想定していた。ところが返ってきたのは、「可能性は十分あります。めちゃくちゃ強いです」と予想外のもの。

それなら今のうちにインタビューをと愛知県瀬戸市の自宅で話を聞いたのが、5年前、2016年の暮れのことだ。

まだ表情にあどけなさは残っていたが、和室で2時間ほど取材に答える間、一度も正座を崩さずまっすぐこちらの目を見ていた様子をよく覚えている。

なかでも印象深かったのが、言葉へのこだわりだ。

決して能弁ではないが、話が嫌いというのとも違う。投げかけられた問いに即答することはあまりなく、「そうですね……」とじっくり考え、ゆっくり言葉を選びながら話す様子は、まだしっかりと形をなしていない自分の考えを、なるべく正確に表現したいと思っているように見えた。

63歳離れた友人との対話

本書はその藤井四冠と、伊藤忠商事の元会長丹羽宇一郎氏との対談だ。

同じ愛知県出身の二人は2018年に初めて会って以来、年に数回、話をする間柄だという。1939年生まれの丹羽氏と2002年生まれの藤井四冠には63歳の差があるが、「最も若い友人」(丹羽氏)と最年少タイトルホルダーとの会話は、変に力が入るところもなく、丹羽氏から藤井四冠への問いかけを軸に、流れるように進む。

丹羽氏の旺盛な好奇心がそのまま質問となっているので、将棋がわからなくても十分におもしろい。むしろ話題は将棋にとどまらず、人生観や恋愛観(!)、勝負ごとへのメンタリティや世界史など、あちらこちらへと縦横無尽に広がっていく。

「将棋で大活躍して、女の子にもモテるようになったんじゃないですか?」なんて、藤井四冠に尋ねる人はなかなかいないだろう。

14歳のころと変わらず、落ち着いて丁寧に答える藤井四冠の言葉からは、最年少記録を次々と塗り替えてきた“天才”の素顔も見える。

英語や美術が苦手で、美術館や博物館に行くことに気乗りしなかったり、大好きな鉄道に乗りたいと、高校1年生の夏休みに友人と一日かけて在来線で長野県を一周したりと、10代らしいエピソードに勝手に共感する一方で、棋士としての言葉は、読み返したくなるものも多い。

「プロは、好きなことにのめり込むだけじゃなくて、調子が上がらないときでも淡々と続けるとか、そういうことが求められます」
「将棋は一人で考えて指す孤独な闘いですけれども、それをたとえば合議制でやったら強くなるかというと、たぶんそういうことはないんです。一人で考え抜いたからこそできることも、やはり多いと感じます」
「将棋も強くなれば、同じ盤上でも違うものが見えてくる感覚があります。そういうところを目指していきたいと思いますし、それは決して苦しいことではないです」

一言で言えば、ストイック。そして謙虚で厳しい。

果たして自分は、これほどまでの気持ちで仕事をしているだろうか…と身につまされる。

藤井四冠の人生哲学が見えてくる

デビュー以来無傷の29連勝とか、最年少タイトルホルダーとか、羽生善治九段に勝利するとか、華々しい記録に彩られてきたこの5年、藤井四冠はタイトルというわかりやすいゴールを求めるのではなく、自分と向き合ってきたのだろう。それも自然に。

長くビジネス界のトップにいた丹羽氏の問いかけが、藤井四冠が(おそらく無意識に)持っている哲学やこだわりをするりと引き出し、読者に見えるものにしてくれるような一冊だ。

異分野のプロフェッショナルが会話することで、それぞれが、新たな何かを見つけていく。対談を読む楽しさは、そんなところにあるように思う。

この先、藤井四冠はどう進化していくのだろう。

14歳からの5年の歩みを振り返る、5年後、24歳になったときにはどんな存在になっているのか想像するのも空恐ろしいが、そのときにまたふたりの対談を読んでみたくなる。

『考えて、考えて、考える』

藤井 聡太(著/文)丹羽 宇一郎(著/文)
発行:講談社
発行日:2021年7月21日
価格:1540円(税込み)
四六判:218ページ
ISBN:978-4-06-525040-2

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