【書評】中国の自画像と乖離:園田茂人・謝宇編『世界の対中認識――各国の世論調査から読み解く』

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習近平国家主席が率いる中国は米国に次ぐ経済・軍事大国。世界第2の大国にどう向き合うかは外交安全保障上、21世紀の最重要課題である。本書は、各国・地域の世論調査を分析し、様々な中国像を描く。中国との相互理解にも資する好著だ。

国交正常化50周年の日中関係は

2022年は日本と中国の国交正常化50周年――。内閣府が1月21日に発表した「外交に関する世論調査」(21年9月30日~11月7日、全国の18歳以上の男女3000人を対象に郵送方式で実施。回収率56.7%)によると、現在の日中関係についての回答は「良好だと思う」が前回調査(20年10月)から2.6ポイント下がり、14.5%。一方、「良好だと思わない」は3.4ポイント上がり、85.2%に達した。

中国に「親しみを感じる」との回答は前回調査から1.4ポイント低下、20.6%だった。「親しみを感じない」は1.7ポイント上昇の79.0%となった。2012年の日本政府による尖閣諸島国有化で中国との摩擦が起き、それ以降、日本人の中国に対する親近感は低迷したままだ。

「外交に関する世論調査」は1975年以降、ほぼ毎年実施されている。中国に関する質問が設けられたのは1978年からだ。本書によると、40年を超えて継続的に対中認識を測定している調査は「世界広しといえども『外交に関する世論調査』をおいてほかにない」という。

本書は日本、米国、中国、香港など内外の学者ら11人が分担して7つの論文(7章)と序章、終章を執筆している。中国は世界でどのように理解され、評価されてきたのか。メディアの役割を含め、その背後にはどのような力が働いているのか。内外の各種世論調査の膨大なデータをもとに多角的に論じているのが本書の特色だ。

日中関係をめぐっては、日本の非営利シンクタンクである言論NPOと中国国際出版集団による「日中共同世論調査」も分析対象にしている。日中双方の成人を調査対象として2005年から毎年実施しているため、両国の相互認識を把握するのに役立つ。

上記2つの世論調査からは「2013年から2015年にかけて日本の対中認識は最悪となり,この後若干の改善は見られるものの,その変化は鈍い」との調査結果が見て取れる。

「日中共同世論調査」の2020年までのデータに基づくと、「中国の対日認識は改善の方向にあるものの, 日本の対中認識はそうなっていない」。これは日中の相互認識の“非対称性”を示唆しているのかもしれない。

しかし、ここにきて中国側の対日認識は厳しくなっている。言論NPO が2021年10月20日に公表した「日中共同世論調査」(日本側は同年8月21日~9月12日、中国側は同年8月25日~9月25日に実施)で、「中国国民の日本に対する意識がこの一年で急激に悪化している」ことが明らかになった。

具体的には、中国側の調査で対日印象が「良くない」が前年より13.2ポイント上昇し、66.1%になった。現在の日中関係について「悪い」との回答は2016年以降、改善傾向にあったものの、5年ぶりに悪化に転じ、前年から20ポイントも上昇して42.6%となった。日本側の調査では対中印象が「良くない」が前年比1.2ポイント上昇の90.9%と9割を超えた。

中国は今や世界最大の輸出大国であり、日本にとっては最大の貿易相手国。1968年以来、世界第2位だった日本の名目の国内総生産(GDP)は2010年、中国に逆転された。中国のGDP規模は既に日本の3倍ほどだ。日中両国民は世論調査を見る限り、相互不信に陥っているのが現状だろう。

民主国・先進国で対中認識悪化

世界各国の中国に対する認識はどのように推移してきたか。本書では、米国のワシントンに拠点を置く調査機関、ピュー・リサーチ・センターが実施している世界規模の世論調査プロジェクト「グローバル・アティテュード・サーベイ」をもとに分析している。

相手国の印象などについて質問する同サーベイは2002年に開始され、05年から中国も対象国のリストに加えられた。調査対象国は米国や日本などを含めて計60カ国に達する。本書によると、05年から18年にかけての大量の調査データを分析した結果、以下のような知見が得られたとしている。

(1)世界の対中認識は全体的に悪化している. 各国データを集積すると, 好意的な対中認識を持つ人々の比率は経年的に低下しており, インドやアメリカといった国々においてその傾向が著しい.

(2)対中認識の形成にあたっては,社会的・経済的発展と民主主義といった2つの重要な要因がある. 人間開発指数が高い先進国では対中意識はさほど良好でない. 民主的な国々では中国に好意的な意見が少なく, しかもその割合が低下しつつある.

(3)中国との経済的な関係が, 対中認識に大きな影響を及ぼしている. 中国からの対外投資額は好意的な対中認識を持つ人々の比率と正の関係があり, 中国からの輸出額は, 当該国の好意的な対中認識を持つ人々の比率と負の関係がある.

(4)個人の学歴が対中認識に及ぼす影響は, その国の発展水準によってバラツキが見られる. 最先進国では, 学歴は対中認識の形成に否定的な役割を果たしているのに対して, 途上国では, 学歴は好意的な対中認識を作り出している.

米中貿易戦争の影に政治的信条

米中両国はトランプ前大統領時代の2018年から貿易戦争に突入した。本書はピュー・リサーチ・センターの最新の調査を引用して「貿易摩擦によってアメリカ人の対中認識は急激に悪化し, 中国に好意的でない意見を持つ者は2019年春で60%, 2020年3月で66%, 2020年6月で73%と推移しているが, これは過去15年で最悪である」としている。

本書では、米国の18歳以上の成人約2000人を対象とした対中認識に関するオンライン調査(2019年6月に実施)のデータをもとに詳細な分析をしている。その結果、回答者の多くが「対中貿易」そのものと「米中貿易戦争」とを区別していることが判明した。分析結果の概要は次の通りである。

対中貿易戦争をめぐってアメリカ国民の間に大きな分断があること, 米中貿易戦争への支持と対中貿易への支持とは異なることが明らかになった. 多くの回答者は米中間の貿易はよいことだと思っていながらも,  対中貿易戦争を支持している.

また, 貿易戦争に対する見方が経済的要因よりも回答者の政治的特性に結びついていることも明らかになっている. 政治的信条と政党支持は米中貿易戦争に対する見方と強い相関関係を示しており, 共和党支持者と保守派は民主党とリベラル派より貿易戦争を支持する傾向が強い.

半面、中国人の対米認識も悪化している。本書の著者らが中国で実施した世論調査(2019年12月~20年4月、対象地域は湖北、陝西、甘粛、遼寧、広東5省)によると、「調査対象者の68%がアメリカに対して好意的ではないと回答している」という。

“反中”へと傾いた比・台湾・香港

周辺国・地域と中国との関係はここ数年で、急速に悪化してきた。本書では、南シナ海の南沙諸島で領有権問題を抱えるフィリピン、台湾海峡を挟んで対立している台湾、「一国二制度」の自由が失われつつある香港の事例を取り上げている。

要約すると、フィリピンでのアジア学生調査(国立フィリピン大学と私立アテネオ・デ・マニラ大学の学部学生各200人を対象に経年調査)で「2008年から2018年に至る3時点でフィリピンにおける対中認識は一貫して悪化しており, 特に若者の対中意識はフィリピン全体に比べても厳しい傾向が見られる」という。

中国本土と微妙な関係にある香港と台湾については「2017年から2020年にかけて実施された『中国効應調査(チャイナ・インパクト・サーベイ)』の結果によれば,2018年から2020年にかけて, 香港と台湾で今までないほど対中認識が悪化した」としている。

コロナ禍で米中とも好感度低下

米ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が提唱した「ソフトパワー」の概念は国際政治の世界でよく知られている。ナイ教授は、その国の文化、政治的価値観、外交政策などが他国の人々の好感度にどう影響するかを論じている。大国は経済力、軍事力に加えて対外的にはソフトパワーを持たねばならない。

ところが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大は米中両大国のソフトパワーを低下させたという。本書では、ソフトパワーは「平均的な好感度で測定するのが妥当」だとし、ピュー・リサーチ・センターが2005年から20年にかけて実施したグローバル・アティテュード・サーベイに基づいて分析している。

同サーベイでは経済協力開発機構(OECD)加盟国のうち12カ国(オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、オランダ、韓国、スペイン、スウェーデン、英国、米国)を対象に対中認識、対米認識などについて質問し、49万886人から回答を得た。

2020年の観測値と予測値との比較などを分析した結果、OECD加盟12カ国の対中認識と対米認識は「新型コロナウイルス感染症が起きたことで総じて悪化した」という。そのうえで、次のように総括している。

中国を新型コロナウイルス感染症の発生地とする主張や, 感染拡大に対するアメリカ政府の不手際に失望したという声は今後も聞かれるだろう. 両国政府は, 対立が激しくなると一方が優位に立つ懸念を強調するが, 米中双方ともに感染拡大でソフトパワーを失っている.

中国の世論調査は自国に肯定的

習近平国家主席は2021年7月1日、中国共産党結党100周年の記念式典で党総書記として1時間以上にわたって演説した。本書によると、この重要講話のさわりの部分は次の通りだ。

「中華民族は5000年余りの歴史の変遷の中で形成された燦爛たる文明を有し, ……あらゆる有益な提案と善意の批判を歓迎するが, 『教師面』をした居丈高なお説教は断じて受け入れない. ……中国人民はいかなる外部勢力がわれわれをいじめ, 抑圧し, 隷属させることも決して許さない. そのような妄想を抱く者はだれであれ, 必ずや14億余の中国人民が血と肉で築いた鋼の長城に頭をぶつけ, 血を流すだろう」

中国の新華社電は、重要講話が中国国内の知識人や青年に強い刺激を与えたなどと肯定的に報道した。「教師面」発言は、暗に米国をけん制したものだろう。

しかし、日本を含む西側メディアの論調は「習近平ただ1人を礼賛するイベントと化した」(日本版ニューズウイーク)などと総じて批判的だった。双方の報道姿勢の違いは、中国の自己認識と西側の中国像に大きなギャップがあることを物語る。

中国共産党・政府は世論調査を警戒しているが、近年は「全球民意調査(グローバル世論調査)」や「中国国家形象調査(中国国家イメージ調査)」などで諸外国の対中認識を探るようになった。ただ、「中国側が発出する世界の対中認識に関する世論調査の結果は肯定的なものが多く, 西側の世論調査の結果とは異なっている」のが実情だ。

「本書にもいくつかの限界がある」。編者のひとり、園田茂人東京大学東洋文化研究所教授は終章で、こう吐露している。本書ではピュー・リサーチ・センターの一連の調査、独自のアジア学生調査など各種世論調査を用いて各国・地域の対中認識を分析しているが、「これには中央アジアや中東,アフリカ,東欧の多くの国々が含まれていない」からだ。

園田氏は「本書がカバーしていない地域の多くは対中意識が比較的良好である」とも指摘。将来の課題として、データ分析の精度を高めるためにも調査対象を世界各地に広げるべきだと訴えている。

どの国の政治指導者も自画自賛しがちだ。とりわけトランプ前大統領はその典型だった。習近平国家主席も例外ではない。国際社会に映る指導者のイメージや特定の国に対する認識や印象は各国・地域の調査対象の年齢や性別、学歴、職業などの属性によっても様々だ。

インターネットの時代、情報は瞬く間に世界中に拡散し、しかも世論は移ろいやすい。認識ギャップは衝突のリスクにつながりかねない。認識の隔たりを埋め、相互理解を深めていくには不断の対話、つまり外交や民間交流の重要さを改めて痛感させられる。

(注記)本書は横書き。句読点は「。」「、」ではなく「.」「,」で表記している。

『世界の対中認識――各国の世論調査から読み解く』

園田 茂人/謝 宇(編)
発行:東京大学出版会
発行日:2021年12月27日
価格:4840円(税込み)
四六判:258ページ
ISBN:978-4-13-030183-1

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