【新刊紹介】古今東西ミステリー小説を俯瞰する:風間賢二著『怪異猟奇ミステリー全史』

Books 文化 エンタメ 社会

ミステリーファンに是非お薦めしたいのが本書である。タイトルはオドロオドロしいが、幻想文学研究家で翻訳家の著者は、きっちりと歴史を踏まえ、西欧で誕生したミステリーの起源から今日に至る日本の作品群までを懇切丁寧に紹介している。かっこうの読書案内としても重宝する一冊だ。

ミステリー小説は、18世紀初頭に欧米で誕生し、日本に流入してきたのは明治維新以降のことである。本書は前半が西欧編で、18世紀のゴシック小説から19世紀末に登場した名探偵シャーロック・ホームズまでを紹介し、後半が日本編という構成になっている。

著者は、ゴシックこそがミステリーの源流と説く。ゴシックとはなんぞや、という解説は本書に譲るとして、その始祖は英国の貴族ホレス・ウォルポールによる怪奇幻想小説『オトラントの城』(1764年)であるという。その流れをくむものとして『フランケンシュタイン』『吸血鬼ドラキュラ』などが生まれ、近年ではスティーブン・キングの『キャリー』、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』に脈々と引き継がれていく。

そのなかで、推理・探偵小説の嚆矢となるエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』(1841年)が世に出て、いよいよコナン・ドイルによる真打ホームズの登場となるのだが、本書の特徴は膨大な作品群を単に網羅しただけのものではない。

それらが生まれた文化的社会的背景についての著者独自の考察が大きな読みどころとなっており、なるほど、進化論やフロイトに代表される心理学・犯罪学の隆盛や、オカルト、エログロ、疑似エセ科学の横行が「怪異猟奇ミステリー」の数々を生み出す原動力となっていたことに納得させられるのだ。

こうした欧米の作品は、明治期、黒岩涙香(明治21年『法廷の美人』)らによって翻案され、日本でも探偵小説ブームが起こる。翻訳ではなく、日本風に味付けされた訳文であり、やがて日本人の手による本格的なミステリー小説が誕生する。江戸川乱歩のデビュー(『二銭銅貨』)が大正12年(1923年)、14年『D坂の殺人事件』で名探偵明智小五郎が登場する。著者は、その前年に刊行された岡本綺堂の『半七捕物帳』を和製ホームズと見立て、日本独自の推理小説は谷崎潤一郎から始まったという指摘も興味深い。

日本編でも昭和の時代になると、馴染みのある作家が数多く登場する。
昭和8年(1933年)に刊行された夢野久作『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』から探偵小説の第二期黄金時代を迎え、戦後、名探偵金田一耕助を生んだ横溝正史、社会派推理小説の松本清張によってブームは牽引されていく。そして80年代後半以降、綾辻行人、京極夏彦らの作品を挙げて今日の趨勢を論じていくのである。

著者は、「本書の主眼はミステリーでも『怪異猟奇』の分野にある」と述べているが、いまや多ジャンルにわたるミステリー史の変遷を見事に俯瞰している。そして本書のもうひとつの魅力は、古今東西の主要作品のあらすじが、ツボを押さえて紹介されている点だ。著者お薦めの、これまで知らなかった作家、読んだことのない作品に興味をそそられること請け合いである。

新潮社
発行日:2022年1月25日
新潮選書:272ページ
価格:1500円(税抜き)
ISBN:978-4-10-603875-4

本・書籍 松本清張 新刊紹介 ミステリー シャーロック・ホームズ 江戸川乱歩