【書評】ローカルジャーナリズムから問いただす外国人労働者問題:『五色のメビウス』『増補 新 移民時代』

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外国人労働者問題は、日本社会が克服すべき課題であり、早急な改革が叫ばれて久しいにも関わらず、長年、事実上放置され続けてきた。その現状に異議を申し立てる地道な報道の成果が、県紙やブロック紙などローカルジャーナリズムから相次いている。

現場は地方にある

個人的な話で恐縮だが、評者はサイクリストで全国各地のイベントに年に数回は参加しており、地方の津々浦々を自転車で走っているが、そのたびに、農場や漁港、工場地帯で多くの外国人の人々を見かけ、そのプレゼンスの大きさを実感してきた。ところが、東京に戻ると、そうした認識がすぐに薄れてしまう。コンビニなどで外国人に出会うことはあるのだが、彼らが日本社会にとって不可欠な存在であることを忘れてしまいがちになる。

記者は現場がなければ仕事ができない。
かつて「外国人問題」というテーマは、東京や大阪など都市圏に特有の課題だった。中国人マフィアやイラン人の麻薬密売事など、金と人が集まる都会に、犯罪の匂いのする外国人問題の現場があったのである。ところが、現在の外国人問題の現場は、地方にこそ存在している。だからこそ記者たちは鋭い問題意識をもって現場に出かけていき、テーマに食い下がっている。そう確信させるのが、近年の地方メディアによるこの問題への頼もしい仕事ぶりだ。

信濃毎日の長期連載がダブル受賞

長野県を中心に購読されている信濃毎日新聞社が手がけた『五色のメビウス-「外国人」とともにはたらき、ともにいきる』は、2021年1月から6月にかけて、同紙で連載された84本という大量の記事を加筆修正し、一冊にまとめたもので、今年3月に刊行された。連載は「日本ジャーナリスト会議(JCJ)」からJCJ大賞、新聞労連から「ジャーナリズム大賞優秀賞」にそれぞれ選出されるダブル受賞の栄誉に輝いている。

新聞というメディアは、人的リソースと資金がそれなりに豊富であるので、網羅的で継続的な取材ができる。ドキュメンタリー作品のように、一つの題材を深く掘り下げてテーマをつかみ出すことよりも、特定のテーマにまつわる素材を多面的に取り上げ、そのなかで問題の全体像を浮き彫りにする帰納法的手法にその特徴がある。

日々の新聞記事としてはそれで成り立つのだが、新聞連載を書籍化する場合、往々にしてテーマがぼやけ、散漫な内容に陥ってしまうリスクがある。しかし、本書は多くのファクトを分厚く、有機的に組み合わせ、書籍としてもクオリティを維持した点に特徴がある。

その最大の理由は、外国人問題をめぐる「歪み」と「分断」を是正したいという記者たちの思いが、最初から最後までぶれることなく、貫徹されたからだろう。

外国人の働き手の最大グループは、「国際貢献」のため、「技術移転」を目的に来日している技能実習生たちだ。そうした名目とは裏腹に、安価な労働力として扱われ、労働者としての権利や人権が脅かされる問題が後を絶たない。

本書で取り上げられた工事で働くベトナム人の若者は、同一労働同一賃金というルールが守られずに日本人と給与で差がつけられるだけではなく、残業や休日、食事などでも差別待遇を受けていた。制度上、転職の制限も受け、文句を言えない現実に対し、「私たちは日本では奴隷のようだ」という彼の言葉が痛く突き刺さる。

西日本新聞は地方紙共同調査も

福岡を中心に九州・山口で発行されている西日本新聞社による『新 移民時代』は、2016年から17年にかけて行われた連載を書籍化したものだ。この連載も「早稲田ジャーナリズム大賞」と「新聞労連ジャーナリズム大賞」をダブル受賞している。

本書に登場する外国人労働者の「日本はもてなしの国というイメージがあるのに、もったいない」という嘆きは、私たちの痛みでもあるが、当然、彼らの痛みでもある。

『新 移民時代』は、2020年の増補版で最新情報を盛り込んでいる。特に目を引いたのは、地方紙12紙(同紙、北海道新聞、岩手日報、東京新聞、新潟日報、信濃毎日新聞、岐阜新聞、中日新聞東海本社、京都新聞、中国新聞、徳島新聞、琉球新報)と組んで同年にアンケート調査を実施し、全国の実修生たちの意識調査を行っているところだ。このような取り組みは、全国紙の世論調査でも難しい。ローカルジャーナリズムで全国的規模の問題の取り組む貴重なモデルケースになるはずだ。

両紙の連載に共通するのは、外国人問題の現状への改善を求める「キャンペーン」として報道を展開し、提言型の調査報道として完結させているところにある。

ほかにも、宮崎日日新聞が2021年に行った長期連載「シンチャオみやざき 外国人労働者はいま」でも外国人問題が丁寧に取り上げられている。評者が把握していないだけで、ほかにも地方メディアの取り組みがあるに違いない。

地方で高まる問題への感度

これはもはや偶然ではなく、必然であると言えるだろう。

地方には外国人が特に多い「集住都市」と呼ばれる群馬県や静岡県浜松市もある。工場や農業・漁業で、人材を必要としているのは、地方である。その地方の農漁業や工場生産が都市生活を支えていることは言うまでもない。外国人労働者の問題は、政治全体、日本全体で取り組まなければならない課題であり、日本社会はこの本を読み、我々の突きつけられた課題に向き合わなくてはならない。

少子高齢化による労働人口の減少が続けば、当然GDPの伸びが止まる。そうなれば国力の衰退と見なされ、結果としては日本という国家の価値を弱めていく。昨今の円安には多くの原因が絡んでいるが、国際社会の見方として日本の労働力が縮小しているファンダメンタルズの弱点を懸念していることは間違いない。

その中では長期的に外国人材をどう活用するか、入管政策の弾力的かつ人道的な運用が不可欠になってくる。

ところが日本では、働き手が見つからない労働市場の空白を、技能実習生や留学生、日系の定住者で埋める政策を30年以上にわたって継続してきた。労働者としての法的保護もあいまいで、人権侵害や労働権の保護も不十分なため、多くの悲劇を生み続けている。

いまのままでは、「技術移転」を隠れ蓑にした「労働力」のタダ乗りであり、「人身売買」と疑いの目を向ける国際社会の疑念を晴らすことはできない。

日本に来てくれるありがたみ

一足飛びに「移民開放」という結論に至るわけではない。期間限定の働き手でも実習生という表面的な取り繕いを払いのけるだけで、大きな変化があるはずである。彼らは「技術移転」という日本の都合上つけられた名目のためではなく、よりよい環境で働き、より多くの賃金を得て、自分や家族の幸福を追求するために、日本に来てくれている。

そのことが、どれほどありがたいことか、日本人は認識しなければならない。

いまの日本は介護・医療の現場で人手不足が著しい。それでも給与水準は上がらず、ブラック職場になっていると言われる。政府は在宅介護の拡大に舵を切ろうとしているが、いったい誰が地域で一人暮らしの高齢者を支えるのかの議論は進んでいない。

そのなかに、外国人の働き手の力を借りることはできるはずだ。早くから介護・医療分野で外国人労働力に門戸を開いた韓国、台湾、香港、中国、シンガポールなどの例をみていると、孤独死などの悲劇を減らしていくうえでも早期に取り組まなければならない課題だが、日本政府の動きは極めて鈍いままである。

我々は、どうしたらいいのだろうか。そのための解は、すでに示されている。

『五色のメビウス』の副題にある「ともにはたらき ともにいきる」、『新 移民時代』の副題にある「外国人労働者と共に生きる社会へ」という、二つの作品の副題がくしくも同じく掲げたメッセージを、すみやかに実行していくしかないのだ。

『五色のメビウスー「外国人」とともにはたらき、ともにいきる』

信濃毎日新聞社(編)
発行:明石書店
発行日:2022年3月7日
価格:1980円(税込み)
四六判:392ページ
ISBN: 978-4750353166

『増補 新 移民時代 外国人労働者と共に生きる社会へ』

西日本新聞社(編)
発行:明石書店
発行日:2020年9月11日
価格:1760円(税込み)
四六判:336ページ
ISBN: 978-4750350691

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