【新刊紹介】独自の文化に刻まれた日本の近代:周東美材著『「未熟さ」の系譜:宝塚からジャニーズまで』

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大正期の「童謡レコード」ブームから、1970年代の「スター誕生!」大ヒットまで、「未熟さ」という視点から芸能文化を読み解き、日本人の中に潜む「子どもをめぐる近代家族の願望」を鮮やかに浮き彫りにした画期的なメディア史。

成長過程がなぜマーケットになるのか?

著者は冒頭でこう宣言する。

日本のポピュラー音楽文化には、世界的に見ても稀有な特徴が存在する。その特徴とは、「未熟さ」である。

卓越した歌唱力よりも若さや親しみやすさで人気を得る「女性アイドル」、ジュニアから育成されてデビューする「ジャニーズタレント」……本書にあげられた例を見れば、「未熟さ」という言葉で何を指し示しているのかがなんとなく伝わるだろう。

それは、「成長過程自体がひとつのパフォーマンスとして示され、成長途上であるがゆえに表現される可愛らしさやアマチュア性が、応援されたり、愛好されたりする」芸能様式のことだ。音楽に対して第一に“完成された技芸”が求められる世界のエンターテインメントからすると、これはきわめて異質であるらしく、日本のポップカルチャーを形容する言葉として“kawaii”は英語の辞書にも載っている。

しかし、本書はただのアイドル文化論ではない。こうした「未熟さ」を愛好する音楽文化がこの国でどのように生まれ、育まれていったのか、その背景にはいかなる成立条件があったのかを、日本におけるポピュラー音楽が成立した近代以降の100年史としてつづる説得的な歴史研究なのである。

始まりは大正時代の童謡ブーム

本書はまず、日本においてレコード産業が成立した大正時代を取り上げる。当初、人気の舞台で歌われた劇中歌を録音して発売するなどの形から始まったレコードが、一気に大衆に普及するきっかけになったのは、「童謡」ブームだった。各社は競うように童謡を歌う少女歌手をプロデュースして売り出し、これが「みずからヒットを仕掛ける」という現在まで続く音楽業界のスタイルを成立させたのだという。

そして、レコードという新しい機器を普及させるために消費者として想定されたのが、当時生まれたばかりの「新中間層」だった。「新中間層」とは、地方の農家の次男・三男等が都会に出てきて賃金労働(会社勤め)をするようになったことにより成立した、今でいうサラリーマン家庭のことである。

日本の近代化にともない、それまで家長(父親、長男)を中心に家業を営んできたイエ社会のスタイルが大きく変わり、都市の家庭では「子ども」がその中心となった。巷では「子ども」をターゲットとした様々な商品が誕生し、レコード業界が童謡で大ブームを生み出したのも、そのような消費社会を背景にしていたというのである。

言われてみれば、「だんご3兄弟」や“ののかちゃん(童謡歌手の村方乃々佳)”ブームなど、たしかに日本には定期的に童謡がヒットするという不思議な慣習がある。それが大正時代に端を発するものであり、近代以降の「未熟さ」を基調とする芸能の最初期の一例だったという指摘は、もともと童謡の研究からスタートした著者にしかできないもので興味ぶかい。

日本の芸能文化を貫く「未熟さ」

以降の章でも、オペラ、ジャズ、ミュージカル、ロックといった新しい外国音楽が輸入されるたびに、それを受け止める日本の側が「未熟さ」という要素をつけ加え、宝塚歌劇団、渡辺プロダクション、ジャニーズ、グループサウンズといった独自の芸能文化を開花させていく過程が綴られていく。

本書をアイドル論と考えれば、一見このラインナップの共通点は掴みづらいだろうが、著者が提示する「新中間層」、さらに近代家庭に新たに設けられた「お茶の間」空間という補助線を引いて見ると、これらの並びから冒頭で紹介した芸能様式の成立がこれ以上なくクリアに解明できるのだ。

なぜ宝塚歌劇団は「世界で唯一の未婚女性だけの歌劇団」になったのか、なぜ日本の芸能プロダクションはタレントを「育成」するのか、なぜジャニーズタレントは「バク転」をするようになったのか(そこにK-POPとの決定的な違いが指摘される!)、そしてアイドルの「成長物語」はどこから作られたのか? 日本独特の芸能文化の100年史を徹底的に考察し、最終的に“近代日本にとって「未熟さ」=「子ども」とは何だったのか?”という問いに答える画期的な論考だ。(ニッポンドットコム編集部)

新潮選書
発行:新潮社
発行日:2022年5月25日
四六変型判:288ページ
価格:1705円(税込み)
ISBN:978-4106038792

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