【書評】日本に学び、日本を超えた台湾人経営者:佐宮圭著『台湾流通革命』

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台湾に行くと、町中に溢れるコンビニエンスストアの密度に誰もが驚く。日本から導入したセブンイレブンを、さらに台湾式に進化させ、台湾の流通業に革命的な変化を起こした「台湾流通の父」徐重仁について、はじめて体系的に紹介する書籍が刊行された。

流通・小売で一大勢力を築く

日本で知られる台湾の企業経営者といえば、古くは台湾プラスチック会長の王永慶、近年はシャープを買収したホンハイの郭台銘。そして、ここ数年は半導体世界最大手のTSMC創業者の張忠謀が注目されてきた。そこに新しい人物が加わることになる。

著者は経済ライターの佐宮圭。本書は、台湾で流通・小売業の一大勢力を築き上げた徐重仁について、その成功の秘訣を書いたものだ。台湾の読者にとって徐重仁の名前はいまさら説明するまでもないが、日本ではほとんど知られていない。

台湾でセブンイレブンの多さとサービスの多様さに驚く外国人は多い。台湾でのセブンイレブンの総店舗数は5000店に達し、数では世界3位、人口一人あたりの店舗数は世界ナンバーワン。そのコンビニ社会の出現は、徐重仁抜きに語ることは難しい。

日本との深い関わり

その徐重仁のことを伝える書籍が日本で刊行された意義は大きい。なぜなら徐重仁のサクセス・ストーリーは日本を抜きにして語れないからだ。

徐重仁は1948年台湾・台南市に生まれ、日本の早稲田大学留学を経て、1980年に留学中に出会ったセブンイレブン1号店を台湾にオープンさせた。39歳の若さで運営会社「統一超商」の社長につくと拡大戦略を展開すると同時に、物流改革に着手する。

コンビニエンスストアは物流抜きには語れない。当時物流の概念がなかった台湾に物流センターを立ち上げ、日本のダスキンやヤマト運輸、無印良品、スターバックス、イエローハットなど他の小売業とも提携し、台湾の物流や小売の世界を一気に変えてしまった。

「流通の父」という称号も手にしたのも、その功績が認められてのことだ。2012年に退社してからは、台湾総統に対して経済などでアドバイスを行う「国策顧問」を任命された。

日本モデルを台湾で進化

筆者はその秘訣の1つに「日台の提携」を徐重仁が巧みに進めた点にあったと指摘する。単に日本のモデルを学ぶだけでなく、日本企業の良い点を取り込みながら、さらにその内容を進化させたことが鍵となった。

セブンイレブンは、米国生まれの事業を日本に持ち込んだものだが、日本で大型流通事業として花開いた。それを徐重仁は台湾に移植したが、貪欲に日本にはないサービスを取り入れた。コンビニカフェひとつとっても、台湾は日本より10年早く導入した。台湾のコンビニが実現したサービスは、今や日本が台湾を追いかけるように導入されている。台湾のコンビニは公的サービスの支払いや各種チケット、新幹線の予約、宅急便の利用などキオスク化も日本よりはるかにメニューが多い。

また、日本企業と提携するにあたって、日本の企業文化を知り尽くした徐重仁が重視したのは「日本的な完璧主義を捨てること」にあったという。

本書の中で徐重仁は日本人の過剰な「完璧主義」に対し、警告を鳴らしている。日本人はいい意味でも悪い意味でも細かいディテイルに執着し、時には効果を上げるが、時には従来のやり方に固執し、「現地化(ローカライズ)」に苦心するところがあるという。

考える前に動く台湾

私なりに乱暴に定義すれば、台湾人は動きながら考える人々であり、日本人は動く前に考える人々という面がある。日本企業が台湾に進出したり、台湾企業が日本に進出したりすると、しばしば日台スタッフの間で摩擦や衝突が起きる。その大抵の原因はここにある。

私は台湾との長い付き合いのおかげで思考方法が半分台湾化しているので、日本で仕事をしていると、「野嶋さんの仕事はスピードが速いけどミスがある」と指摘される。私は、100%の完成度を求めて3日かけるより、90%でいいから1日で物事を前に進ませたい。台湾で仕事をしているときは、だいたいこのやり方でうまくいく。みんな少しずつミスをして、少しずつ修正をしながら、スピーディーに形を作り上げていくのが台湾スタイルだ。

新しい日台企業連携の姿

もちろん一長一短はあるが、すべてに迅速な判断と柔軟な適応力を求められるこの時代、ゆっくり考えて準備していてはとり残されてしまう。だから、日台の企業連携においては、台湾人が素早く先頭を走り、日本人が後ろでサポートする役割がぴったりくるのだ。

日台の経済連携は、過去は「笛吹けども踊らず」という部分があった。だが、これからは日本と台湾は役割分担をしながら、中国を含めた世界市場に打って出ていかなければならない。日台連携の新しいあり方への示唆も与えてくれるところが本書の魅力である。

『台湾流通革命』

『台湾流通革命ー流通の父・徐重仁に学ぶビジネスのヒント』

ちくま新書
発売日:2022年7月7日
新書版:304ページ
価格:1056円(税込み)
ISBN:978-4480074904

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