【書評】日本酒はおもしろい:山内聖子著『夜ふけの酒評』

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とてもユニークな日本酒本だ。「愛と独断の日本酒厳選50」と副題にあるように、著者好みの50銘柄を取り上げている。どんな酒肴(しゅこう)に合うかなど役立つ情報も盛られた“酒評”集で、最近のSAKE革命の一端を知ることもできる。

50銘柄を忖度なく甘辛く論評

「本書の肝は、紹介する50本をつくるそれぞれの酒蔵に対して事前の承諾なく、『勝手に飲んで書く』を貫いたところにあります」

著者、山内聖子(やまうち・きよこ)氏は22歳から20年以上、日本酒を呑(の)み続けてきた。日本酒のソムリエに当たる唎酒師(ききさけし)の資格を持つライターで、全国の酒蔵や酒場を精力的に取材している。『いつも、日本酒のことばかり。』などの著書もある。

本書では自ら50銘柄を選んだ。酒蔵のオーナー(経営者)である蔵元(くらもと)とは取材を通じて面識があっても、今回はあえて連絡しなかったという。つまり、酒蔵から直接取り寄せたのではなく、一般の酒販店、百貨店、スーパー、駅の売店などで1本ずつ買い求め、自分の舌や鼻腔で確かめたのだ。

どれも日本国内で普通に手に入る日本酒ばかり。いわば「ふだんの暮らしの中で心にとめた銘柄50本」について、酒蔵に忖度(そんたく)することなく筆を振るっているのが本書の最大の特色だ。それは甘口であったり、辛口だったり。

「個性が光る日本酒」のデータとは

地理的表示における「日本酒」の定義(Definition of “Sake” in Geographical Indication)とは「原材米に国内産米のみを使い、かつ、日本国内で製造された清酒」を指す。外国産米を使ったものや、海外で造られたものは、厳密には「日本酒」ではない。

四季の移ろいの中で醸される清酒は、日本各地の米や水などによって様々な味わいを生み出す。「そもそも日本酒は、約700種類もの成分で構成されている」。飲用温度も摂氏5度から55度くらいまで幅広い。「冷やでよし、燗(かん)でよし」といわれる所以だ。

日本酒を醸造している酒蔵は現在、全国で1200社程度といわれている。多種多様であまたある日本酒の世界で、どのような基準で50銘柄に絞り込んだのか。著者は実際に飲んでみて「『書きたい!』と私を突き動かした個性が光る日本酒を選定」したという。

日本酒の日(10月1日)の熱燗は一段と旨い(2020年10月1日、東京・新宿区荒木町)=評者撮影
日本酒の日(10月1日)の熱燗は一段と旨い(2020年10月1日、東京・新宿区荒木町)=評者撮影

50銘柄ごとに酒名と「純米吟醸」、「本醸造」などの種別、生産地(都道府県名)、見出しと本文がある。本文のあとにコンパクトにまとめているDATA(データ)が秀逸だ。

データ欄は「おいしく飲むためのポイント」(飲み方、付け合わせの料理を提案)、「おすすめの温度帯」(冷酒、常温、燗酒で最適なもの)、「バロメーター」(ゴージャス、柔軟性、濃度、日常感、酒圧の5指標)の3項目で構成されている。

バロメーターは本書(著者)オリジナルで、5指標それぞれの度合いを正五角形の中で視覚的に図示している。ゴージャスは「華やかで香り高いリッチな味の度合い」、柔軟性は「合わせる料理や飲用温度の幅広さ」、濃度は「酒の濃さ」、日常感は「ふだんの晩酌で飲みたいかどうか」、酒圧は「飲んだときに口で感じる押しの強さ」を示しているという。

日本酒革命の主役や杜氏も登場

日本酒の生産量は1973年にピークを迎えた。当時は全国に3300社を超える酒蔵があったとされる。半世紀を経て生産量は現在、ピーク時の3分の1以下に激減しているものの、この十数年で世代交代した若い蔵元たちが画期的な魅力ある日本酒を造り始めている。

日本の酒蔵はかつて「女人禁制」だった。著者は蔵元たちとの信頼関係を築き、2015年に『蔵を継ぐ 日本酒業界を牽引する5人の若き造り手たち』を上梓した。本書にも、前著で取材した“日本酒革命”の主役たちが登場する。酒造りの現場の最高責任者は杜氏(とうじ)と呼ばれる。本書では経営者が兼務する「蔵元杜氏」が誕生している現状も描く。

世界的な和食ブームで、「SAKE」は海外でも脚光を浴びている。著者とほぼ同世代のSAKE革命の担い手たちの物語は読み応えがある。

亡父への献辞で締めた“随筆”集

「呑む文筆家」を自任する著者は50銘柄の紹介にとどまらず、日本酒をめぐる歴史や蘊蓄(うんちく)も軽妙な筆致で紡ぎ出す。瓶のラベルや錫(すず)のちろり、透明なグラス、盃(さかずき)など酒器にもこだわりがある。本書の執筆を経て「日本酒はおいしいだけではなくおもしろい」との境地に達したようだ。

錫製の徳利やぐい吞みは日本酒と相性がいい(2022年11月11日、東京・目黒区原町)=評者撮影
錫製の徳利やぐい吞みは日本酒と相性がいい(2022年11月11日、東京・目黒区原町)=評者撮影

本書50篇の本文は洒脱な随筆ともいえる。具体的な銘柄は本書を紐解いてほしいが、最初と最後の2つの銘酒を紹介しよう。

本書の“口開け”ともいえる1番目は「獅子の里」(石川県)だ。見出しは「運命を変えたはじめての日本酒」で、本文で著者が日本酒に魅了された出会いが綴られる。データ欄では、この酒が白身魚の刺身や、ハーブを使った洋食に合い、冷酒で飲むのがおすすめとしている。バロメーターは5指標のうち「日常感」に高い評価を与えている。

50番目の大トリは「〆針鶴 純」(新潟県)で、「父子をつなぐ体に染みる日本酒」が見出し。本文は亡き父が愛飲した日常酒を引用しながら切ない思い出と献辞で締めている。データ欄で「つまみは、村上市で名産の塩引き鮭をぜひ」と推す。おすすめの飲み方は冷酒か常温。バロメーターはやはり「日常感」が最も高い評価で、”満点”だ。

『夜ふけの酒評 愛と独断の日本酒厳選50』

『夜ふけの酒評 愛と独断の日本酒厳選50』

イースト・プレス
発行日:2022年10月10日
四六判:256ページ
価格:1760円(税込み)
ISBN:978-4-7816-2120-3

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