
【書評】奇跡を起こし続けるために:鈴ノ木ユウ著『コウノドリ』
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妊娠、出産を経験するまで、つまり、生まれてから数十年のあいだほとんど接することがないのが、産婦人科のお医者さんや助産師さんではないか。
それまでは検診くらいでしか縁がなかった産婦人科に、女性たちは妊娠がわかってからは定期的に通い、出産本番は横で励ましてもらい、産後は退院する日まで面会に訪れる家族よりも、長い時間を共に過ごす。
出産を控えた不安やワクワクを共有したり、まだ育児のいの字もわからない産後の戸惑いをサポートしてくれたり、母親たちにとって、産婦人科で過ごす日々は濃密で強烈な記憶となる。
だからこそ、そこにどんなスタッフがいるのか、がとても大切なのだと思う。
出産をめぐる現代日本のホットトピックス
そんな産婦人科を舞台にしたベストセラーが、マンガ「コウノドリ」だ。2012年から20年まで週刊誌に連載され、累計発行部数は940万部に達している。15年、17年にはドラマ化もされた。
著者が妻の出産に立ち会って感じた「妊娠・出産は奇跡」という思いをベースに、総合病院の産婦人科に勤務する男性医師、鴻鳥(こうのどり)サクラと同僚の医師・助産師を主人公として、妊娠・出産をめぐる様々なテーマを取り上げる。
たとえば不妊治療や高齢出産、産後うつや特別養子縁組のように現代日本のホットトピックスもあれば、切迫流産や染色体異常、NICU(新生児集中治療室)といった出産をめぐる普遍的な内容もある。「自分のお腹を痛めてこそ母親」という日本に根強い価値観に影響され、無痛分娩をしてもいいのか悩む妊婦もいれば、中学生で妊娠し、母親とともにサクラのもとを訪れる妊婦もいる。
サクラたちは、一つ一つのケースに真摯(しんし)に向き合い、ときに悩み、激しい議論を交わしながら、日々、出産を迎えていく。こんな産婦人科で自分の出産を経験できたら、と感じられるプロフェッショナルで居心地のいい、抜群のチームだ。
ときにシリアスで重たくなる内容を、軽やかに、かつ丁寧に読者に伝えられるのはマンガという表現方法だからなのかもしれない。
自らも母を亡くして乳児院で育ったサクラの、妊娠・出産に対する真っ直ぐな情熱が描かれた次のコマでは、サクラがベテラン助産師にイジられていたりと、テンポよくメリハリがついた展開に引き込まれ、次のエピソード、また次のエピソードとついつい読み進めてしまう。
今日も必ず奇跡はおきている
伸び悩む男性の育休取得率や職場でのマタハラ(マタニティ・ハラスメント=妊娠や出産を理由に女性が職場で受ける不当な取り扱いや嫌がらせ)など、妊娠・出産に関する課題はまだまだ多い。
当事者にならなければわからないことも、確かに多いだろう。
本書では、出産の「リスク」と捉えられるような早産、胎盤剥離、妊娠高血圧症候群などを取り上げるだけでなく、妊娠・出産というライフイベントに揺れる妊婦の気持ちも丁寧に描いている。
日本では産後1年未満に産後うつの可能性があると診断される母親は25%に達し、妊産婦の死亡理由のトップは残念ながら自殺。周りから見れば「普通の出産」でも、妊婦ひとりひとりによって捉え方も感じ方もさまざまなのだと本書を読んで感じる人が増えれば、何かが変わっていくような気がする。
2020年にいったん終了したコウノドリが、再びサクラと共に戻ってきたのが22年。テーマは新型コロナウイルスだった。
20年春の緊急事態宣言発出下、コロナ感染者の妊婦が搬送されてくる場面からはじまる特別編の「コウノドリ 新型コロナウイルス編」は、経験したことのない事態のなかで、サクラたち医療従事者が汗まみれになって奮闘する様子が克明に伝えられる。
コロナに感染した妊婦は一律帝王切開とするのかどうかの議論から始まり、出産後、乳児と離れ離れで過ごすことで母親が感じるストレスや、コロナ感染病棟で働く助産師が目にした感染拡大の様子などは、緊迫感のなかで交わされる会話などは、まるでドキュメンタリーを見ているかのようだ。
特別編の最後、サクラはこう語る。
「今日も必ず どこかで奇跡はおきているんだ。
母親が妊娠出産して 家族がその子を迎え入れている。
それ以上に明るい出来事(ニュース)が この世界にある訳がない」
そう、鴻鳥サクラはいつでも真っ直ぐで前向きなのだ。
そしてこのセリフにこそ、著者の想いが込められている。
コロナウイルスが終息したあとの世界で、サクラとその仲間たちはどんな奇跡に立ち会うのだろう。
『コウノドリ』(第1~32巻、特別編)
講談社
発行日:2022年6月22日(特別編)
B6判:192ページ(特別編)
価格:715円(特別編、税込み)
ISBN:978-4-06-528778-1(特別編)